木賃の価値と可能性を探るプラットフォームをつくる

2019.6.2 山田絵美

はじめに

皆さんは、木賃(もくちん)という言葉を聞いたことがあるでしょうか。よく「きちん」と読まれたりしますが、ここでは「もくちん」と呼びます。木造賃貸物件、特にアパートの略称として使っています。その多くは1960年代~70年代の高度経済成長期、都市部を中心に建てられました。木造で風呂なしトイレ共同、4~6畳という必要最低限の機能を持った住まい。家賃も低く抑えられたため、都市に働きに出たり、大学に通ったりする若者の大半が木賃暮らしでした。今は“昭和”という言葉がセピア色を帯び始めていますが、木賃は昭和の一時代を支えた住宅と言えます。そんな木賃をテーマに据えて考えたり、実践していこうというのが木賃ラボです。

このコラムでは、なぜ私たちがそんな木賃に着目しているのか。少しばかり活動紹介をさせていただきつつ、今後木賃ラボで取り組みたいことをお伝えします。

山田荘

なぜ木賃なのか~かみいけ木賃文化ネットワークの活動について~

かみいけ木賃文化ネットワークは、豊島区上池袋地域で私たちが所有する風呂なし木造賃貸アパート(木賃アパート)「山田荘」の活用をきっかけに立ち上がりました。

「山田荘」は、1979年に大家である山田家の母屋に隣接して建てられました。全6部屋のうち人に貸していたのは2階の3部屋だけで、残りの3部屋は山田家の延長として使っていました。父の書斎、子どもの遊び場、ご近所マダムとのお茶のみ場、親戚の下宿先などなど、使い方はさまざまでしたが、自分の部屋がない子どもにとっての木賃アパートは楽しいことが生まれる場所でした。

2000年代に入ると山田荘の周りにたくさんあった木賃アパートが、みるみるうちに消え始めました。建物が密集している地域ですから、木賃アパートが無くなると途端にまちが変わっていくわけです。

木賃が消えていく理由としては、相続、老朽化、オーナーが高齢化して維持管理ができない、など様々です。風呂なし、トイレ共同という住まいは、そもそも需要も少なくなり空き部屋も目立ってきていました。このような木賃の現状を見るにつけ、楽しいことが起こり得る場所なのに何だかもったいない。そもそも住むことを前提に考えなければよいのではないか。昔の山田荘のように、手を加えなくたって何かが生まれる場になり得るのにと思ったわけです。

そもそも木賃アパートの暮らしを考えてみると、家の中で生活のすべてを満たそうにも、何かが足りない。でも、お風呂だったら銭湯、キッチンだったら食堂といったように、家の中では足りない機能は、まちにあるものを必要に応じて上手く使っていたように思います。そういった生活に必要な機能は、まちが至る所に備えていました。そこで、この木賃アパートとまちとの関係から生まれる文化を「木賃文化」と呼んで、とりあえず木賃を使ってみることにしました。

先の「山田荘」に加えて、近所にもともと空家だった物件をリノベーションし、シェアアトリエ「くすのき荘」という場をつくりました。「山田荘」には居住スペース、アトリエスペースがあり、「くすのき荘」には作業ブース、ロビー、シェアスペースなどがあります。

くすのき荘

「山田荘」にないキッチンや仕事場は「くすのき荘」でまかなう、「くすのき荘」で屋台を作ってまちなかで展開してみるなどなど。現在は、この2つの拠点とまちを使って面白いことを企む仲間「木賃メンバー」を集って活動しています。

木賃メンバーの条件としては、「プロジェクトの趣旨に賛同し、良いところも悪いところも木賃空間を愉しめる人」としています。この“良いところも悪いところも”、というのがポイント。木賃は、夏は恐ろしく暑く、冬は極寒です。建物が古くなればネズミも出るし、屋根は雨漏りもしてきます。なかなか手ごわい代物です。

くすのき荘2階の共有スペース(ラウンジ)

リノベーションブームの中で

昨今、きれいに機能的にリノベーションされたアパートも多く見かけるようになりました。木造の良さを活かしながら新しい命を吹き込まれているのは本当に素敵で、居心地が良いものです。東京だと、谷中や墨田など、いわゆる木造住宅が密集するような地域で木賃がリノベーションされ、カフェや雑貨やさんが入ったりして、まち歩きのスポットになっているようなところもたくさんあります。そもそもまちに魅力があることはもちろんですが、そういった木賃ではきちんと商売が成り立つように、しっかりした戦略のもとにリノベーションし運営されていると考えられます。

一方で、思いがけず木賃を引き継いだり、流れつくように木賃を借りるようになったり、いざ木賃を目の前にして、さてどうしよう?というケースもあります。駐車場にしたり誰かに売ってしまったりするのも一つの方法です。一般的にはそうするでしょう。でも、ちょっとまて、何かできるんじゃないかとワクワクしちゃう人も少なからずいるわけです。そういった人たちは、必然的に木賃の存在に向き合い、試行錯誤せざるを得ません。戦略なんて、あって無いようなものです。結果、木賃に住んでいる人や地域の状況に左右されながら、ガタがきている建物に向き合いながら、もがくことになります。戦略的に一定の価値を付与するというよりも、価値づけそのものが手探り状態といえます。私たちも、まさにそういった状態からのスタートでした。

手探りで活動を続ける中で、一体、木賃のプレイヤーたちは、なぜこんなにも手がかかる建物に関わっているのか興味が沸き、掘り下げてみたいと考えるようになりました。そこで開催したのが「木賃サミット」です。

全国の木賃仲間に価値を問う~木賃サミットの開催~

2019年3月23日に「昭和の木造アパートの過去・現在・未来を語らおう!!」というテーマで、第1回「木賃サミット」を開催しました。サミットでは、留学生のシェアハウスと放課後の子どもたちの受け入れを行う「CASACO(カサコ)」(神奈川県横浜市)の 加藤功甫さん、関西の文化住宅を利用した様々な活用方法の提案と実践を行う「前田文化」(大阪府茨木市)の前田裕紀さん、そして私たち「かみいけ木賃文化ネットワーク」が登壇し、参加者とともに木賃の過去・現在・未来について語らいました。

サミットでは、マラソン中に木賃に巡り合い、世界と地域が繋がる場に育っていったCASACO。おじいさんから引き継いだ木賃(文化住宅)の改修をし続けるうちに、いつのまにか文化が生まれている前田文化。それぞれの話を受けて、ディスカッションでは、日々手間のかかる建物に全身で向き合うからこそ身体性の回復に繋がっていること、壊しやすい建物であるということは、一方で何かを作りやすいことでもある。つまり創造する機会が多いということである、といった話につながりました。

CASACO
前田文化

参加者の中にも既存のアパートのオーナーになった人、中古で木造の家を購入し直しながら使い方を考えている人がいました。収益性を第一義とはせず、古く弱いという建物の状態を受け止めながら、ワクワクしている人たちがこんなにも居るのだと改めて実感しました。

そしてサミットを通して浮かび上がった二つの問いがあります。

一つは今現在、木賃は価値が定まっていないのではないか、という問いです。木賃は働きかけると何かしら返してくるものであり、日々建物の状態が変わっていきます。考えようによっては、急速なスピードで変化を遂げる現代社会に柔軟に対応できる存在なのかもしれません。

もう一つは、かみいけ木賃文化ネットワークは、今でこそ「かみいけ」という地名が入っていますが、もしかすると木賃とまちとの関係は地域によって違うのかもしれない。私たちのプロジェクト名も、ゆくゆくは「かみいけ」を取って「木賃文化ネットワーク」にした方が良いのではないかと思いました。

くすのき荘エントランス(木賃ロビー)

木賃ラボで実施したいこと~木賃の実践知を集積する~

私たちの活動は、ある一定のエリアで木賃文化を実践しています。地域の中で深くじっくり取り組むからこそ出来たことがたくさんあります。

一方、木賃サミットのように場を開き、地域を超えて多様な人との対話を積み重ねることで見えてくる価値があることに気づきました。これは、試行錯誤する木賃プレイヤーにとって、とても重要なプロセスなのではないかと思います。

EDIT LOCAL LABORATORYという場は、関わる人それぞれが地域に軸足を置きつつ、あるときには同じ目線、同じレイヤーに立てる機能を有しています。地域内の活動が深まるにつれ、なかなか外に向かう腰が重くなっていた私たちにとって、まさにかゆいところに手が届く存在と言えます。
木賃ラボでは、今回のサミットで生まれた問いを持ちつつ全国のプレイヤーたちが何を見て、どう格闘し、工夫しているのか。対話の中から実践知が集まり、木賃の価値が積み重なるようなプラットフォームを作っていきたいと考えています。

具体的には、
・全国の木賃プレイヤーとのオンラインミーティングの実施
・木賃サミットのようなオフラインミーティングの実施
・木賃ツアー、まち歩きの実施

などを構想中です。

そこで木賃の実践知を集積させていきたいと考えています。実践知を集積させてどうするのか、というのは正直なところまだ見えていません。ただ、その知とネットワークが積み重なってきたときに浮き彫りになる価値があって、それがふと何らかの形になるのではないかと期待しています。きっと、すぐには役に立たないものでしょう。ただ、もしかすると、この木賃ラボの活動をきっかけに救われる木賃があるかもしれません(救うべき価値があるのかも定かではありませんが)。

まずは、全国の木賃プレイヤーの皆さん、木賃と聞いてワクワクする皆さんとオンライン、オフラインを通じてネットワークをつくり、木賃の活動現場を行き来できたらと思っています。皆さんのご参加、お待ちしています!

○EDIT LOCAL LABORATORYとは?
https://edit-local.jp/labo/

○EDIT LOCAL LABORATORY会員登録はこちらから
https://peatix.com/group/6889532

マップ

ライタープロフィール

山田絵美(Emi Yamada)

かみいけ木賃文化ネットワーク 代表、市民社会創造ファンド プログラムオフィサー。1981年豊島区上池袋生まれ。市民活動の資金支援を本業にしながら、木造賃貸アパート「山田荘」を引き継いだことをきっかけに、木賃とまちをネットワークするプロジェクト「かみいけ木賃文化ネットワーク」を立ち上げる。

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