移住を促進する”パスポート”ーーHEDATE PASSPORT

2019.2.23 影山裕樹

HEDATE PASSPORT

南房総2拠点大学

2017年に千葉県南房総市で開催された、南房総2拠点大学。東京と地元の参加者が半々くらいで開催されたこのワークショップに、僕はメディアコースの講師の一人として関わりました。

10月21日のワークショップの中では、全国各地の様々なローカルメディアの事例を紹介し、ローカルメディアはマスメディアと違い、一方的な情報発信ではなく受け手と発信者の相互交流こそが価値だということを伝えました。さらに、最近、各地のワークショップで必ず使う「ローカル×メディアカード」を配り、二つのチームごとに南房総でローカルメディアをつくるとしたら? というプランを考えていただきました。

南房総2拠点大学のためにローカライズされたメディアカード

保護猫と移住者という2つのテーマ

そして、ワークショップから2週間後の11月11日は、もういきなりプレゼンテーションの日となります。ですので、午前中はカードの組み合わせを元に宿題として参加者が作ってきたパワーポイント資料を壁に貼り、数時間後の発表までブラッシュアップしていきます。

この日にメディアコースで出たプランは2つ。一つは、「野良猫」というローカルな題材に「古民家」というメディアを組み合わせた、「保護猫ゲストハウス」というプラン。地元の女性たちのチームによるものです。もう一つが、東京からの参加者と南房総の地域おこし協力隊の混成チームが考案した「移住者向けスタンプラリー」です。

今回紹介するのは、この「移住者向けスタンプラリー」になります。スタンプラリーという手法は、観光手法としては使い古されていると言わざるをえません。しかし、スタンプラリーという手法=メディア自体にはまだまだ可能性があると僕は考えています。実際、各地でこの「ローカル×メディアカード」ワークショップをする際、かならずメディアカードの中に「スタンプラリー」は入れるようにしています。

壁に貼りだしてプレゼンの流れを整えていく

移住希望者が地域にとけ込みやすくなるには?

地域の課題を解決するために、メディアという手法を「使う」こと。メディアづくりそのものを目的とせず、メディアそれ自体が持つ機能を批評的に読み解くことが大切です。ここで彼らが考えた課題は、「移住者の不安」でした。千葉県南房総市は東京都心からのアクセスもよく、近年移住希望者が増加し、週末だけ滞在する「2拠点」生活者も増えてきました。

しかし移住や拠点づくりにおいて、移住希望者等は多くの不安を抱えています。地元の人と馴染めるか、というのがその一番大きな不安でしょう。そこでこのチームでは、移住希望者が地元の人と関係を築き上げるプロセスを生み出すためのメディアを考案しました。

移住希望者は、「草刈りをする」とか、「スナックで名物ママに占いをしてもらう」など、地域の人とコミュニケーションを取ることでスタンプを集めることができます。一方、地元の人も、いきなりよくわからない人が移住してくるのではなく、地元の人にとっても安心して迎えられる人材を求めています。地域のお手伝いをしながら関係をつくっていく移住希望者ならば、受け入れていいと考えるのではないか。

さらに、すべてのスタンプを集めると、より移住したいと思えるような特典を与える。こうすることでなんども通いながらスタンプを集めようというモチベーションを担保する。当時のプレゼン段階では、「街のお祭りの神輿を担ぐことができる」がゴールでした。神輿を担ぐ=仲間として受け入れてくれる、ということです。当時のワークショップのレポートはこちらをご参照ください。

また、本来このワークショップは11月のプレゼンテーションで終わるはずでした。でも、発表して良かったね、ではけっして終わりたくない。地元のお客さんの反応もよかったし、アイデアのシンプルさもあいまって、実現に向けて調整が続き、最終的に、南房総2拠点大学を企画運営する株式会社ココロマチさんと南房総市役所がタッグを組み一般社団法人 移住・交流推進機構(JOIN)の助成を獲得、南房総市からモデル地区として選ばれた平舘地区を実際のフィールドとし、メディアづくりのスタートを切ることができました。

実際にスタンプラリーをつくるために現地入りするメンバー

ローカルメディアのアイデアを実装していく

しかし、このメディアにとって一番重要なポイントは、スタンプ集めのプロセスの中で、自然とよそ者と地元の人が交流するという「仕掛け」です。つまり、スタンプミッションのコンテンツづくりがキモ。移住希望者や観光客が通いたくなるような魅力的なコンテンツであると同時に、地元の人にとっても無理なく協力できるミッションでなくてはならない。そのため、単にコンテンツを考え、編集し、制作するのではなく、コンテンツそのものを地域の人と一緒に考えたいと提案しました。

そこで、計2回に渡って、現地で地域のキーパーソンと考案チームを交えた、スタンプミッションを考えるフィールドワーク&ワークショップを開催しました。よそ者が魅力だと考える地域資源は何か。そして、このスタンプラリーは一度訪れただけでは集まらないのが特徴です。年1回のお祭りに参加し山車を引いたり、港の朝市でバーベキユーしたりと、通うたびに平舘を楽しく知るプロセスを編み出すこと。

議論は停滞したり緊張感が走る中進められました。それでも、ローカルメディアの醍醐味は出来上がったものそのものよりも、つくるプロセスに価値があります。そして、つくるプロセスの中で、”異なるコミュニティ”が集い対話することがもっとも大切だと僕は語ってきました。なので粘り強く、対話の糸口を探り、ようやく10個のスタンプミッションが決定しました。

スタンプミッション例:

・地元のスナックでドリンクを注文する
・朝市で港海鮮焼きを食する
・平舘の夏祭りで山車をひく
・無農薬の野菜やお米づくりの手伝いをする
・朝、区長と一緒にイノシシの罠を見回る

スタンプには難易度が記されています。スナックでお酒を呑んでママと交渉する一幕も。
もっとも難易度が高いのが、早朝、平舘区長と共に猪の罠を見回るミッション。つまり、前泊しないと押せないスタンプです。

ゴールをどこに設定するか?

さらに、地元の方が無理なく協力していただけるように、問い合わせ先を分散しつつ、体験可能な日程をそれぞれのスタンプごとに設定します。

プレゼンの段階で考えられていたゴールは、「お祭りの神輿を担ぐこと」でした。しかし、今のご時世、お祭りの参加者も高齢化しているので、意外によそ者も気軽に担ぐことができるらしい。では、わざわざなんども通ってスタンプを集めた人がもらえる特典はどうしようか……議論の末に、地元キーパーソンである堀江呉服店さんが持っている成木の梅の木のオーナーになれるというゴールに決まりました。

梅の木オーナーになれば、毎年通って木を手入れしたり、ネームプレートをつけて愛でたり、実際に梅を収穫することができます。自分専用の梅の木があれば、さらになんども平舘に通いたいと思えるかもしれません。そうして通ううちに移住者になってもらう、というのが目標です。

他にも遊休農地の提供や空き物件の斡旋、スタンプを集めた平舘マスター限定コミュニティへの参加などの特典もつけました。冊子の有効期限は今年3月から2022年3月末までの約3年間。果たして何人の人がスタンプを集め、移住することにつながるでしょうか。

HEDATE PASSPORTの表紙画像。AD:本庄浩剛

制作プロセスを楽しむ。メディアをローカライズする

この2年ほど、各地でこうしたワークショップを開催することが増えました。手軽にできてしまう「ローカル×メディアカード」ワークショップですが、案外、「ローカルカード」を揃えるのに時間がかかります。パッと手にとって、その場で強引に考えた組み合わせが地域での実装に結びつくという例も多々見てきましたが、大事なのは「ローカルカード」の選定です。

つい先日、福島・川内村で福島大学生向けに開催したローカルメディアワークショップでは、ローカルカードを考えるのに苦心しました。震災・原発という大きな問題がある中で、若者が萎縮せず、自由にアイデアを発想してもらうためのローカルテーマとしては、例えば川内村にゆかりある詩人の「草野心平」だとか、クラフトビールの「ソバガルデン」などを選定し、それに対して「ゲームブック」「トラックの荷台」など、突拍子のないメディアカードを用意しました。

結果として出てきたのが、草野心平が実際に東京で開いていた居酒屋の名前を借りて、トラックの荷台を活用する「走る居酒屋『火の車』」、クラフトビールの中にメッセージカードを入れて、開けると出てくる贈答用ビール「BEER MAIL」など。ここからいくつかのプランが、HEDATE PASSPORTのように実際に地域で実装される日が楽しみです。

地域の課題に真面目にまっこうから向き合おうとすると、発想を飛ばせることができなくなります。カードというのはとてもいいツールです。カードをつくる際は、昔、松本人志がやっていた深夜番組のコーナーの一つ「おもじゃん」を参考にしており、組み合わせの妙を楽しむくらいの感覚で地域課題に向き合うほうがいいと考えています。

川内村でのローカルメディアワークショップの様子

地域の文化的遺伝子を掘り起こし、未来に継承する

これまで繰り返し語ってきましたが、地域で新たな事業やメディアを考案する際は、単に地域内経済を振興するだけではダメだと思っています。それはいっときのカンフル剤としては機能するかもしれませんが、事業やメディア自体が東京的=コンビニ的な経営的発想で行われていると、ともすると日本各地が同じ事業モデル、メディアモデルに支配されてしまいます。

その地域ならではの稼ぎ方、働き方、暮らし方、情報の受発信の仕方を発明する必要があります。そのためには自分たちで考え抜くこと、あるいはその地域で脈々と受け継がれてきたMEME(ミーム)=文化的遺伝子(しぐさ、なりわい)に裏付けられた事業やメディアを考案することが大切です。そんな想いで僕は今、ローカルメディアワークショップと別に、LOCAL MEME Projectsというプロジェクトを各地で行っています。

そのうちの一つ、KOBE MEMEの公開プレゼンテーションが3月3日に新長田で開催されます。このプロジェクトは神戸内外の一般参加者が半年以上かけて考えてきたプランを発表する機会です。お近くの方はぜひお越しください。

KOBE MEME公開プレゼンテーション&交流会

プレス&一般向け合同ツアーの開催

また、本題であるHEDATE PASSPORTもいよいよ3月からスタートします。スタンプラリーに参加したい方は、下記の店舗等に直接お越しいただくことで冊子を手に入れることができます。その他、南房総市が主催するイベントなどで限定配布いたします。

JR千倉駅観光案内所
千葉県南房総市千倉町瀬戸2083

レストラン&バー サヤン
千葉県南房総市千倉町平舘763-67
LUNCH:11:30~15:00(L.O.14:00)
DINNER:18:00~23:00(L.O.22:00)
月曜定休(祝日の場合は火曜日)

青木屋
千葉県南房総市千倉町平舘1031
営業時間:8:30~19:00
火曜定休

また、千倉漁港の朝市に合わせてプレス&一般向け合同ツアーを開催します。3月17日(日)10:40よりスタート。冊子も配りますのでご興味ある方はこちらのgoogle formにてお申し込みください。その他、冊子を欲しい方、ご質問がある方は以下までお問い合わせください。

平舘スタンプラリー・はじめの一歩ツアー

日時:平成31年3月17日 10:40-15:00
集合:千倉港10:40
※房総なのはな号の8:20東京駅発ー10:08館山駅着のバスでお越しいただければ、千倉港まで送迎いたします。お車で直接お越しいただくか、バスでお越しいただくか明記ください。
※要予約、定員15名(定員に達し次第締め切ります)
※動きやすい服装でお越しください
スケジュール:
 10:40 千倉港到着~挨拶
 10:50 海鮮焼き体験(スタンプ)、朝市見学・漁港散策
 12:00 国道沿い散策
 12:30 稲荷山登山
 13:30 越紋商店(スタンプ)
 14:00 青木屋商店(スタンプ)
 15:00 千倉港~終了

お問い合わせ:
南房総総務部企画財政課
TEL:0470-33-1001
E-mail:iju@city.minamiboso.jg.jp

マップ

ライタープロフィール

影山裕樹(Yuki Kageyama)

編集者、合同会社千十一編集室代表。著書に『ローカルメディアのつくりかた』(学芸出版社)、編著に『あたらしい「路上」のつくり方』(DU BOOKS)などがある。全国各地の地域プロジェクトに編集者、ディレクターとして多数関わる。一般社団法人地域デザイン学会参与、路上観察グループ「新しい骨董」などの活動も。2017年、本づくりからプロジェクトづくりまで幅広く行う千十一編集室をスタート。

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