モデルハウスと聞くと「新築を購入したい人が見に行く場所」というイメージが一般的かもしれない。しかし、宮崎県高鍋町には公民館のような多様な人が集うモデルハウスがある。もはや単なるモデルハウスを超えて地域のコミュニティとして機能しているのだ。
日向灘に面した宮崎県、そのちょうど真ん中に位置する児湯郡高鍋町。広大な空と海が見えるこのまちには異彩を放つ建物がある。「BRIDGE THE BLUE BORDER.(ブリッジ・ザ・ブルー・ボーダー)」と名づけられた海に近い丘にあるその平屋は、モデルハウスとレンタルハウスを兼ねている。オープン以来、地域の交流拠点としても活用され、これまでマルシェや映画の上映イベント、地域資源を生かした商品のお披露目会などが行われた。2015年には先駆的な事例としてグッドデザイン賞を受賞している。
絶景の空と海を生かしたコモンズとしてのモデルハウス
この建物を設計・施工したのは有限会社多田工務店。1973年の創業以来、木材を基調としたサスティナブルな住宅建築を大切にしてきた。地域に根ざした工務店として、宮崎の気候や風土、暮らしに合わせた建築を行い、その実績は住宅にとどまらず商業空間や公共空間にも及んでいる。
「建築を通して世界をごきげんにしたい」と話すのは工務店の二代目である多田佳司さん。多田さんは宮崎県内の高等専門学校を卒業後、県外の大学で建築を学んだ。その後はハウスメーカー、建築設計事務所、ディベロッパー勤務を経て帰郷し、父の工務店へ入社。今では代表を務めている。
BRIDGE THE BLUE BORDER.はもともと「大きな屋根とガレージのある家」として企画された見学用の木造住宅だった。モデルハウスを目的とした住宅がレンタルハウスとしても稼働するようになった背景には何があったのだろうか。
「一つにモデルハウスは稼働していない時間が多いことにあります。僕らみたいな小さな工務店だと毎日見学に来るなんてことはない。社内でも『あったほうがいいけれど、オーバースペックではないか』という意見がありました。ではどうするかと考えたときに、このモデルハウスが地域にあることの意味を深掘りしていこうと。地域の人々にとって開かれた公共空間的な要素があってもいいねって。利用する人たちが自由に使えて集えるような空間にしていこうと方向性が固まりました」(多田さん)
多田さんは以前からコモンズ(共同利用地)や社会的共通資本といった考え方に関心を持っていた。このモデルハウスをレンタル可能にすることで、さまざまな人々がさまざまな目的で訪れることのできる場所とした。敷地から見える絶景の空と海。そのあいだに橋をかけたら素敵なものが生まれるのではないか。そんなとき「BRIDGE THE BLUE BORDER.」というコンセプトが浮かんだのだった。
「『BLUE BORDER.』は青い境界という意味。そこにかかる『BRIDGE』という言葉。空と海に虹がかかるイメージですね。虹は七色で、グラデーションがあって、多様なものが生まれてくる象徴でもある。この住宅もそんな場所になるといいなと思ってコンセプトをそのまま名前にしたんです。これでいいかーって(笑)」(多田さん)
コモンズというのならば、地域のどの施設よりも利用しやすいほうがいい。公共施設の料金をすべて調べ、より借りやすいレンタル料を設定した。また、「公共の場」から連想するかしこまったイメージを払拭することに努めた。
ルールに強制されることもなく、その場にあるものを活用して、訪れるみんなが自由に過ごすことのできる場所にしたい。景色を遮るもののない丘の上のロケーション、風通しの良い半屋外空間を有したレンタルハウス。「目指すはいい感じの公民館。利用者が緩くつながれば」と話すように、構想だけでなく、どうすれば人が心地良く過ごすことができるか、建物と環境の関わりに目を向ける建築家としての多田さんのセンスが光る。
レンタルを開始して以降、知る人ぞ知る場所として、この開放的な空間を求めてやってくる人は後を絶たない。グッドデザイン賞を受賞後、マルシェを兼ねた初の見学会を催したときは次々と人がやってきたため、ややパニックになったという。
「こんなに来るとは誰も思っていなくて。あまりにも車が来すぎて混雑してしまったがために、マルシェのスタッフの何人かが駐車場整理をしていたもんね(笑)」(多田さん)
BRIDGE THE BLUE BORDER.は2023年で稼働がはじまり9年目となる。まだまだ理想とするコモンズには至っていないと多田さんは話すが、マルシェの出店者や来場者がその後一緒にイベントをするなど、この場所を介したつながりや交流が生まれている。
暮らしのなかで自然との一体感を感じてもらいたい
「大きな屋根とガレージのある家」ことBRIDGE THE BLUE BORDER.は、室内でもなく室外でもない「半屋外空間」を持つことが特徴でもある。多田さんはその半屋外空間こそ、生活を魅力的なものにするという。
「境界が曖昧な半屋外を積極的に建築に取り入れると空間の見せ方や用途に広がりが生まれます。宮崎は環境がいいから、住宅は外に開くようにつくったほうが周りの環境を取り込むことができて快適に過ごせます。空間そのものの見え方だけでなく、生活そのものの豊かさは自然とのつながりを背景に生まれてきますからね」(多田さん)
多田さんは自身の設計思想として「建物に自然をいかに取り込んでいくか」があると語る。
「暮らしのなかで自然との一体感を感じてもらいたいというのが根本にはあります。木の葉が風に吹かれて揺れたり、海を見れば遥か向こうに白い波が立っているとか、そういう自然のなかの出来事に僕自身が安らぎを覚えるのも大きくありますね。近代建築でガラスがよく使われるのは、光をどう取り込むかといった自然と構造物との境界を曖昧にしたいという想いの表れでもある。人と自然の関係性って、どの建築家にも共通するテーマとしてありますね」(多田さん)
その思想は素材選びや建築施工を行うプロセスにも表れている。住宅に使う素材は、宮崎県産木材をはじめとした自然由来のものを使用。そして、伝統木造建築の技を持った職人が直接施工に携わる。生成の過程で多大なエネルギーを使う鉄骨や工業製品はサスティナビリティの観点、また多田さんの美意識からも避けているという。もちろん、BRIDGE THE BLUE BORDER.も同様の工法でつくられた。
「空間内部に生き生きとしたエネルギーを持たせたいなと思ったときに、どういうつくり方がいいのかってところを出発点に素材選びを行っています。木を重視しているのは、加工に人や環境、金銭的な負荷が一番かからないから。持論ですが、地場の素材を使って、かつ熟達した職人の手が加わることで、空間にエネルギーが宿ると思っています。その時々の状況、あらゆるものがお互いに影響を与え合うなかで住宅が建てられていくダイナミズム。そのプロセスを大事にしたいですね」(多田さん)
決して効率・スピード重視ではないその姿勢。クライアントとの打ち合わせにもじっくり時間をかけるという。打ち合わせから建てるまでに至る期間は短くても半年、長い人で2年という事例もある。
「話し合うことは重要ですよね。お互いのなかで答えが生まれる時間。僕は設計士として意見をして、お客さんは要望を語る。それらが上手くミックスしたときに一番いい空間ができるだろうから。そこでまとまった話やお客さんの想いを現場の職人さんたちに上手に伝えて、熱意を持って仕事に取り組んでもらう。そのやりとりが大変な部分でもあり、おもしろい部分でもあるなって感じますね」(多田さん)
住宅の可能性を拡張する。コレクティブハウス実現へ向けて
これまで住宅を通じた共有地づくりに取り組んできた多田さんだが、現在は工務店を営むかたわら社会人大学・大学院にて研究を行っている。主なテーマはコレクティブハウス(共同生活を営む集合住宅)について。
コレクティブハウスとは、1970年代の北欧にはじまり、世界に広まっている新しい住まいのあり方である。多世代居住を基本として、単身者から子育て家庭、高齢者世帯、友人・他人同士のルームシェアに至るまでさまざまな背景を持った人々が同じ居住スペースで生活する。個別に住戸が設けられ、各自が自立して生活しながらも、その延長としての共有スペースがあるなど、自立と共生が絶妙なバランスで絡み合った暮らし方である。
多田さんはヨーロッパに存在する「社会賃貸」と呼ばれるポジションの住宅に、学生時代から関心があったという。社会的弱者、低所得者でも住むことのできる公営住宅のような機能があり、異なる背景を持った人たちが関わりを持ち、共同で生活することによって各自を生かし合うことのできる住まいのあり方をつくれないか。人々のつながりの意識を誘発する住宅を建築できないか。かつて抱いていた問題意識。それをほどいていく状況がやっと整ってきたという。
「日本でコレクティブハウスをやるのは難しい面もあります。まず、民間企業は利益を生まないと会社を維持できないからボランティアではできない。ヨーロッパでは社会賃貸は入居する人に国から家賃補助が出るので成り立つ部分もあるけれど、民間が公営住宅くらいの家賃を設定すると相場とかけ離れているから通常は無理って判断になりますね。解決法がないわけではないのですが、もっと研究をしないといけないですね。煮詰めていって、ぜひチャレンジしたいです」(多田さん)
これからの課題として、社会賃貸のコレクティブハウスを数年かけてやっていきたいという。住宅の可能性を拡張し続ける多田さんの挑戦に終わりはない。住宅を通じ、人と人との新しい関わりを生み、多田工務店のパーパスでもある「安心安全でごきげんに暮らせる」未来をつくるのが夢だ。
「BRIDGE THE BLUE BORDER.やコレクティブハウスは、クライアントワークと違って、僕らで企画して自分たちでやっていくもの。自らの問題意識でやるってところが楽しいかもしれませんね。建築はノンバーバル(非言語的)な要素があって、身体全体で感じてもらうもの。ここが気持ちいいなと思えることには理由がある。僕らは最終的には空間で勝負をするから、実際にBRIDGE THE BLUE BORDER.やほかの建物へ足を運んでほしいですね」(多田さん)