神戸で大人気のお笑い系地域抗争「ちいきいと」とは?

写真とトークで競い合う、地元ネタ自慢バトル。

2019.5.14 大迫力

地域の魅力を掘り起こすメディアは日本中に数あれど、写真を使った「大喜利」で、というのはちょっと聞いたことがない。神戸市内各地で開催されている「ちいきいと」は、お題に沿って街の写真を紹介していく大喜利スタイルの地元ネタ自慢バトル。街をよく知るプレゼンテーターたちが繰り広げるローカルトークに笑いが巻き起こる大人気イベントだ。

見立てや連想で街を紹介。「ちいきいと」のルール

まずは「ちいきいと」のルールをご紹介しよう。登壇するのは毎回3人のプレゼンテーター。それぞれが神戸の異なるエリアで活躍しており、いずれ劣らぬ地元好きたちだ。各回には季節や会場に合わせたテーマが決められており、それにちなんだ10のお題が設定されている。このお題に合わせて、プレゼンテーターたちは自分の街の写真を撮影。スクリーンで順番に披露しながら、なぜその写真がお題にふさわしいのかを解説していく。例えば、昨年11月は、神戸の酒造メーカー「白鶴」の酒造資料館が会場だったことから、テーマは「日本酒」。そのため「蔵開き」や「醸す」など、酒造りに関わるお題が設定された。

イベントの冒頭にルールを説明

地元への愛とプライドと自虐を胸に、プレゼンテーターたちは足で稼いだ面白ネタを披露し、知られざる街の歴史を紐解いていく。神戸と言えどもここは関西。超ローカルなトークに会場からは常に笑いが巻き起こる。時にはよその街をディスりながら自らの個性を主張し合う「ちいきいと」は、まさに仁義なきお笑い系地域抗争なのである。

「ちいきいと」では毎回、違うエリアが地元の3人のプレゼンテーターが熱く語り合う

さて、百聞は一見に如かず。立ち上げメンバーの一人で、灘区代表のプレゼンテーターとして度々登場している慈(うつみ)憲一さんに、実際に使われた写真を紹介していただこう。まずはこちら。「世界一周」というテーマのうちの「ドバイ」というお題の写真だ。

「世界一周」篇の「灘区のドバイ」

「ドバイってなんか背の高いタワーが建ってませんでしたっけ? 灘区でタワーと言えばこの真ん中に写ってる神戸製鉄所の煙突ですよ。150mあって、たぶん灘区で一番高い構造物だと思います。一番高いのが煙突っていうのが面白いでしょ」(慈さん)

実際のドバイに比べればだいぶスケールは劣るが、言われてみればなんとなくそう見えてくる気もするからおかしい。

続いてこちらは「紅白歌合戦」篇の「祭」というお題の写真。

「紅白歌合戦」篇の「灘区の祭」

「これは見たまんまですかね。灘区の水道筋商店街の肉屋さんですが、毎日こんな感じ。いやいやポップ多すぎるやろと思うんですけど、とにかく目立っていてよく流行ってます。ちなみにこの写真は別の回でも使ったことがあって、その時のお題は『耳なし芳一』でした(笑)」(慈さん)

こんな風に何かを見立てたりイメージを膨らませたりしながら、写真とトークでお題に答えていく。ずばりとハマっているものもあれば、一見よくわからない写真でもトークを聞けば納得という場合もある。中には苦し紛れもあるが、そこはご愛嬌。プレゼンテーターによってお題の解釈はさまざまで、その視点の違いや街の個性を楽しむのが「ちいきいと」の醍醐味なのだ。

「ネタ合戦」に終わらず、その街らしさに注目

とても関西らしいノリのいいイベントだが、一方で慈さんは「単なるネタ合戦にはならないように意識している」とも話す。

「神戸といっても街によっていろいろ。そこを知ってほしいんです。灘区だからこういう看板がある、新開地だからこんな人がいる、須磨だからこんな風景がある。地域ごとのエッセンスを集めて、10枚の写真を見て、『いいな』『行ってみたい』と思ってもらえるようにするのが目的です」(慈さん)

 

慈憲一さん。「ちいきいと」をはじめ、神戸でさまざまなプロジェクトを手がけている

なるほど、ただ面白さを競うのではなく、「その街らしさ」とリンクしていなければ、この大喜利地域抗争のタマとしては使えないというわけだ。

では、こちらの写真をご覧いただこう。これは神戸市西部の塩屋(しおや)を拠点に活動する森本アリさんが、「お宅訪問」篇の「屋根」というお題で披露したもの。見るからにインパクトのある家だが、ポイントはそこではない。

「お宅訪問」篇の「塩屋の屋根」

「塩屋って山と谷の街なんですよ。海のすぐ近くまで山肌が迫ってるから、家はみんな斜面にへばり付くように建てるしかない。だから、塩屋を歩くと建築家によるケース・スタディ・ハウス(実験的住宅)のショールームみたいになってるんです」(森本さん)

つまり、塩屋という街の地理的特性を凝縮したようなこの家は、極めつきの「塩屋の屋根」というわけだ。

「基本的には『言い切る』ことが大切で、ハッタリ上等です。写真がお題から離れているように見えても、『?』から始まったところを言葉で補うことで『!』に変えられたら大成功。それがストンとはまった時はガッツポーズです」(森本さん)

見慣れた街を捉え直すことで、当たり前だと思っていたものが実は個性だったと気づく。そのプレゼンテーターの視点を通して、観客もまたそれぞれの街の魅力にだんだんと近づいていけるのだ。

面白い写真の数々に、観客もどんどん引き込まれる

街の個性が伝われば、行ってみたくなる

こうした写真やトークの面白さが、3つのエリアが競い合うように進行するフォーマットによって強調される。優劣をつけるわけではないにせよ、やはり他の街には負けたくないのが人の常。また、比較対象があることで、プレゼンテーターにも観客にも、「これはこの街にしかないものなのか?」と客観的に考える視点が自然と生まれてくる。

各エリアの個性が浮かび上がりやすいよう、テーマやお題の設定に気を配っているのが、毎回、司会を務める宝塚在住の編集者・岩淵拓郎さんだ。

「ちいきいと」の司会を務める岩淵拓郎さん(写真左)

「何回かやってわかってきたんですが、人によっていろいろな解釈ができるお題の方が盛り上がりますね。『ヘビーローテション』とか『最後の審判』とか『ゆとり世代』とか、街とは直接関係なくても、言葉の持つイメージを膨らませやすいものがいい。どんなお題なら発想が広がるかを意識しています」(岩淵さん)

そうしてプレゼンテーターたちの地元愛を煽りながら、観客たちに気を配るのも岩淵さんの役目だ。

「基本的に神戸市内で開催して、神戸在住の人が出るイベントですが、実は僕だけが神戸市民ではなく宝塚市民なんです。だから唯一の“ヨソ者”として、写真の持つコンテクストに深入りし過ぎないようにしています。あんまりディテールに入り込むと『知らんがな!』と、市外から見に来た人は置いてけぼりになっちゃうので」(岩淵さん)

ローカリティを上手にネタにしながら、お笑いに終始することなく、街の個性をしっかり伝えていく。「ちいきいと」がよくできていると思う点はそこにある。

4月17日は日本庭園に併設するウェディングスペースで開催。毎回、特徴ある会場も楽しみの一つ

地域資源のアーカイブが出来上がる

このようにライブイベントとして十分に楽しい「ちいきいと」だが、そこには街の魅力を発掘・発信するためのヒントがいくつも詰まっているのではないだろうか。

まずはプレゼンまでの一連のプロセスに着目してみよう。企画(お題)に合わせて素材(写真)を集め、アウトプット(トーク)を考えるという流れはまさしく編集という行為そのもの。1枚1枚の写真はいわば、街を紹介する最小単位の「メディア」なのだ。また、回を重ねていけば立派な地元ネタのアーカイブが出来上がるため、地域資源の発掘という観点からも有効だ。

そして、集まるのは地元ネタだけではない。神戸各地のクリエイター同士がつながるためのプラットフォームとして機能していることにも大きな意味がある。このことを「一番の財産」と語るのは、広報協力としてイベントに関わる神戸市市長室広報戦略部の本田亙さんだ。

「『ちいきいと』には、いい意味で街を斜めから見る楽しさや深さがあります。神戸=何となくお洒落な街というステレオタイプに留まらない、その地域に惚れている人たちだからこそできる表現が詰まっている。そうした街をよく知る人に出会えることは、神戸市にとって何よりの財産なんです」(本田さん)

もともと「ちいきいと」は神戸市が進める「デザイン都市・神戸」の一環で、地域で活躍するクリエイティブな人材を繋げようという企画の中から生まれたもの。すでに神戸市では多くのプロジェクトに、「ちいきいと」が紡いだ縁が活かされているそうだ。

「ちいきいと」に関わるのは30〜40代のメンバーが中心。左端が本田さん、左から3番目が森本さん

全国各地でシティプロモーションや地域の魅力創造が叫ばれる中、斬新な手法や表現におけるインパクトばかりが強調され過ぎてはいないだろうか。「ちいきいと」が改めて教えてくれるのは、地域の個性や魅力とは新たに「つくる」ものではなく、すでにその土地やそこに住む人の中にあるという基本的な姿勢の大切さだ。

「そこまで意図してないけど(笑)、結果的にそうなっているかもしれませんね。街好きの人たちはすぐに『いいでしょ?』とか言うけど、それでは何も伝われへん。『緑あふれる』とか『下町情緒豊かな』とか、行政言葉みたいな当たり障りのない表現ではなく、なぜいいと思ったのか言語化しないと」(慈さん)

これは何もまちづくりや地方行政に関わる人だけに限った話ではない。あなたも「ちいきいと」を真似て、街の風景を何かに例えてみてはいかがだろう。ほんの少しの切り口を加えるだけで、いつも眺めている景色が違って見え、愛おしくなってくる。それを街へ祝福を贈ることと呼ぶのは、ちょっと大袈裟だろうか。

マップ

「ちいきいと」(2001年〜)
参加費:有料(毎回異なる)
開催:年3〜4回

プロフィール

ちいきいと

神戸発、地域と地域が互いのプライドをかけてシノギをけずる ジモト系非暴力抗争頂上決戦「ちいきいと」。毎回神戸〜阪神間を中心に、ジモトを愛しジモトを極めた「まちの顔」たちが集結。写真とトークで血で血を洗う死闘(非暴力!)が繰り広げられる。約3ヶ月ごとに神戸市内各地で開催。
HP

ライタープロフィール

大迫力(Chikara Osako)

1980年尼崎市生まれ。京阪神エルマガジン社『Meets Regional』編集部を経て、2006年より株式会社140B。大阪・中之島エリアのフリーマガジン『月刊島民』の編集に創刊時から携わり、2016年11月より編集・発行人。また、ナカノシマ大学という講座の企画・運営や大阪をテーマとした書籍の出版なども行っている。

記事の一覧を見る

関連記事

インタビュー一覧へ