宮崎県日南市にある「ホテルシーズン日南」は、2024年11月に株式会社温故知新を運営会社としてリスタートをきった。ホテルを「地域のショーケース」と位置付け、ローカルの魅力を再編集。旅行者に最高の体験を提供するべく奮闘している。
宮崎県南東部に位置する日南市。温暖な気候、豊かな自然による恵みを受け、さまざまな産業や文化が発展している。かつおやイセエビなどの海の幸、まるまるとした実をつける柑橘類、青々とそびえ立ち、季節の移ろいとともに山々を彩る杉。それらは日南に暮らす人々の衣食住を満たし、他の土地の人々と交流するための資源となった。
次第に城下町や港町が形づくられ、集まった人々の生活は時間とともに重なり合い、職人技や慣わしなどの「伝統文化」が誕生していった。現代においても、伝統は受け継がれ、独自のカルチャーを形成し、この土地ならではの特産品が生まれている。
57部屋全室がオーシャンビュー。日南の玄関口を担うホテルの魅力
日南市の海沿いには「日南フェニックスロード」と呼ばれる国道220号線が通っている。宮崎市から宮崎県の最南端に位置する串間市・都井岬まで延々と続く道路だ。断崖絶壁から一望できる太平洋は圧巻。その迫力にため息をつく旅行者は後を絶たない。
そんな日南フェニックスロード沿いには、全室オーシャンビューというユニークなホテルがある。
「ホテルシーズン日南」は1992年の創業以来、日南市油津地区の玄関口として訪れる者を迎えてきた。日南市は1963年以来、60年以上に渡り広島東洋カープのキャンプ地を務めている。ホテルシーズン日南は創業時から選手の受け入れを行い、選手やキャンプ関係者にとっても親しみのあるホテルとなっている。
宿泊施設の楽しみとして、やはり「食」は外せない。
日南市は食の宝庫でもある。豊かな海産物はさることながら、新鮮な農産物、地元で生産されたブロイラー、熟成された焼酎。ホテル内にある食堂「る・菜」では、それらの食材を使った料理やお酒を楽しむことができる。
宮崎県の郷土料理であるチキン南蛮、地鶏炭火焼はもちろんのこと、かつお炙り重やイセエビトマトパスタなど、ホテル独自のメニューもある。素材のポテンシャルが存分に生かされた料理に、舌鼓を打つこと間違いなし。見た目、その香りにお腹の虫がますます鳴く。
お腹も気持ちも満たされながら一夜を過ごし、翌朝目を覚ますと、窓の向こうは太平洋と水平線を照らす太陽。なんと贅沢なことだろうか。
運営体制の移行とリニューアル。ホテルが仕掛ける関係構築
そんなホテルシーズン日南は2024年11月に転機を迎えた。旅の目的地(=デスティネーション)となる宿をプロデュース・運営している株式会社温故知新(本社:東京)が全株を取得。それに伴い運営体制と方針が変わることとなった。
既存のシステムや考え方を尊重しつつ、新しい風を取り入れる。その取り組みが大変だったであろうことは想像に難くない。しかし、運営会社(東京)とホテル(日南)双方の従業員が協働することで新たなコンセプトを確立。リニューアルの方向性が固まった。
時代とともに変化するニーズを汲み取りつつも、単なる宿泊施設ではなく、日南に宿る文化や伝統を発信していくための拠点を目指す。
それは「地域の光を再発見し、磨き、形にしていく」「地域と共創する」「ホテル=人を呼び込むためのエンジン」という温故知新のビジョンや行動指針と重なるものだ。その土地へのリスペクトの姿勢が垣間見える。
「長いあいだ、ホテルのある油津地区を訪れる方は、ここを旅の目的地ではなく中継地点として捉えている方がほとんどでした。ただ、ここ数年は海外旅行者を含め観光客が当ホテルに宿泊することも増え、まちや近場の観光名所を巡るケースも出ています」
そう話すのはホテルシーズン日南で総支配人を務める上田貞則さん。勤続30年のベテランだ。ホテルと油津のまちの変化を長年肌で感じてきた。
上田さんによると、ホテルの約7割はシングル部屋だという。もともと、利用者は王子製紙株式会社の日南工場など、この地へ出張で訪れるビジネス客・単身者が多かった。しかし、近年は複数人での宿泊、ファミリー需要が増加。現在、ニーズに対応するよう一部客室の改装や模様替えなどリニューアルの最中だ。
単にリニューアルをするだけではない。「地域の資源、伝統や文化を生かす」。その理念に基づき、地域のアーティストや企業とのコラボレーションを実施。地元を巻き込みながら変化のうねりを生み出している。
客室の一部を南国感ある温かな色味で塗装。壁やガラス戸を彩る遊び心あるイラストに、思わず笑みがこぼれる。これは宮崎県を拠点に活動するデザイン事務所「はなうた意匠室」によるアートワークで、ホテルの新コンセプトに合わせて制作されたものだ。
また、プレミアムシングルの部屋には、日南市を代表する飫肥杉を壁材に使用。杉の香り、温もりに包まれながら太平洋を望む時間は格別だろう。
さらには、日南市でスケッチブックを製造する宮崎マルマン株式会社とともに、ホテルシーズン日南にしかないオリジナル旅ブックをつくった。油津のまちを周遊できる便利な塗り絵マップがあり、文字通り、旅の思い出を彩ることができる。
もちろん、地域との連携はホテル内部にとどまるものではない。旅にはその土地でしか体験できないアクティビティが必要だ。老舗焼酎メーカーである井上酒造株式会社の協力のもと、2025年7月には酒蔵とチョウザメ養殖場の見学ができる宿泊プランを発表した。
「ホテルのリニューアル、地域とのコラボレーションはスタートしたばかり。まだまだ構想段階です。ですが、完全に生まれ変わったホテルを見せるよりも、変化しつつあること、何かおもしろいことが起こりそうだぞ、という動きをお客様や油津の方々に感じていただくことが今は重要かなと考えています」(上田さん)
現状の課題として、地域の伝統産業や職人、アーティストなど、まだ十分に発掘できていないと話す。それゆえ、変化の兆しをオープンにすることで地元企業やメディアを巻き込み、ホテルを起点とした地域を再編集する仲間を増やしていきたいという。
地元出身者と外部の視点で語る、日南の「日常」に潜む魅力
観光、リトリート、ワーケーションなど、長期滞在を目的とする県外客に来てもらいたい。彼らに日南を目的として選んでもらうには、ホテルの設備、ホスピタリティ、宿泊プランの開発だけでなく、地域の細部にすでに存在する魅力を知ってもらう必要がある。
「凡庸かもしれませんが、日南の魅力は自然が残っていること、人とのつながりが密なことだと思います。飲みに行けば必ず知り合いに会うみたいな。結局はそこに尽きるんですよね」(上田さん)
上田さんは高校卒業後、進学のため愛媛県へ移り住んだ。若者特有の地元への反発心もあり、それまでは強く「県外に出よう」と思っていたという。
「宮崎へ帰ってきたとき、堀切峠やフェニックスロードの眼下に広がる海を見て圧倒されてしまいました。すぐに『宮崎いいな』と思いました。県外どこを訪れたって『似た』景色はあっても『同じ』景色はありません。この光景、空気感が味わえるのはここだけ。そんな心地良さが残るのが日南という土地ですよ」(上田さん)
地元の人々にとって身近な当たり前の光景が、地域外の人々には大きな魅力として映る。ただ、上田さんは地域内にいる人間として、「当たり前」こそ外部へ発信していくことが難しいという。
「当たり前に広大な自然があり、おいしい食材がそろい、おいしい焼酎が何種類とあり、スナック文化が発展している。それって外部から見ればレアなことなんですよね。驚いてもらえることに、僕らが驚くみたいな。身近過ぎて自分たちが魅力として気づけていない。灯台下暗しといいますか、見えていないことがまだたくさんあります」(上田さん)
「強みを勝手に消してしまっていた」ことを、ホテルマンとしての課題と話す。
対して、県外者の声はどうか。
温故知新でホテルシーズン日南のPRを担当する岡村万理奈さんは、日南を初めて訪れたときの印象を「独特な平穏さがある」と語る。
「私は九州に来ること自体が初めてだったのですが、宮崎県の12月でも温暖な気候、日南で暮らす方々の都市部とは異なる穏やかさ、居心地の良さに惹かれました」(岡村さん)
同時に神話や歴史、他県にはない文化が残り続けているとも。
「海が目の前にあるほど近く、海沿いの神社へ参拝したり、サーフィンをしたりと自然と生活が溶け込んでいるのもいいですよね。でも、海も単なる海ではなく荒々しいときもある。なんだか、平穏で静かだけれども、内に秘めている熱量は高い。そんなことを、この土地や人々には感じています」(岡村さん)
地域のマグマを噴火させる「連携」という名の実験
ホテルシーズン日南のリニューアル・リブランド戦略は、まさにこの「内に秘めた熱量」を掘り起こすことにある。
先に紹介したように、老舗酒蔵の井上酒造や文具メーカーの宮崎マルマンとのコラボレーションはその第一弾とも呼べる取り組みだ。
「私たちだけで地域の魅力を掘り起こすには限界があります。地元の方々と一緒に盛り上げていきたいですし、当ホテルを展示や個展の会場としても使っていただくことで、県外の方々にも認知が広がると考えています」(上田さん)
とくに、芸術・文化分野での連携は今後の重要なテーマだ。その土地の文化が単なる“コンテンツ”として消費されず、もてなす側・関わる側・訪れる側にとって良き思い出となる体験をいかにつくれるか。
「SNSでの『バズり』やインフルエンサーマーケティングのように、一時的に流行らせて旅行者に来ていただく方法もありますが、それでは地域が疲弊するだけです。日南や地域のこと、その土地の職人さんたちへ敬意や理解のある方々に訪れていただくのが理想的。ですが、それを強要せず、自然に旅行者が、良い出会いと関係性を築けるよう設計を行うのが私たちの役目ですね」(岡村さん)
リニューアルの途上だが、地元と外部の視点を融合させ、油津地区を起点に日南市の文化と伝統を掘り起こし、新しい価値として県外に発信していく、という核となる主張は明確だ。
「地方で、とくに長年同じ土地で暮らし続けると、二言目には『ここは何もないよ』と言いがちです。しかし、机の引き出しを開けてみると琴線に触れることがたくさんある。資源はマグマのように沸々としているもの。まだ見ぬ日南のマグマを、噴火させてみたいですね」(上田さん)
ホテルシーズン日南の挑戦は、地方のホテルが地域とともに生きるための、新しいモデルの一つとなるかもしれない。