「徳島・女性・文学」がテーマの文芸誌『巣』

根のある土地から表現する

2023.6.7 友川綾子

文芸誌『巣』

文芸作家なかむらあゆみさんが発行する文芸誌『巣』。Twitter上で、「獲得した文学賞の賞金で制作する」と発表された冊子だ。フォロワーからは「行動する文芸人」と賞賛され、発行前から注目が集まった。なぜいま「地方の文芸同人誌」に注目が集まるのか。なかむらさんに話を聞いた。

再婚、出産、体調不良、そして文学賞を受賞

 

 徳島の人は「ほうでぇ」「ほんまぁ」と、空気をたっぷり孕んだまるっこい阿波弁を使う。ZOOMの画面越しにお会いした文芸作家のなかむらあゆみさんも、ほんのりと阿波弁。徳島で生まれ育った、物腰の柔らかい人だった。けれど、どこか内側に燃えたぎるようなエネルギーを抱えている。創作する人のあり様だ。こちらが、あれこれと質問をする前に、あゆみさんは文芸作家デビューまでの経緯を訥々と語りはじめた。

文芸作家なかむらあゆみさん

「出産しても、仕事は続けるつもりでした。けれど、疲れがどーっと出たんです。アナウンサーの仕事も、書く仕事も、編集の仕事も全部断りました。微熱が続いて寝返りが打てないぐらい。関節が痛くて。たぶん、ずっと緊張していたんです。22歳ぐらいで仕事をはじめて、ずっと緊張しっぱなし。交感神経が働きっぱなしだったんですよね」(なかむらさん)

就職を期に徳島の実家に戻り、若いころからローカルのラジオやテレビのリポーターとして活躍。フリーのアナウンサーに転身しつつ、中小企業向けミニコミ誌の編集も手がけてキャリアを築いていたが、ある日必死に頑張ってきた仕事の全てを、一旦休止したそうだ。筆者の周囲にも、休みなく頑張ってきて出産を期にほっとしたのか、激しく体調を崩す人が多い。近い将来、こうした現象に名前が付くのではと思っている。

「そんな時、母が『うちの中で時間があるんだったら、エッセイを書いてみたらどうか』と言うんです。その時は体力がなかったから5枚。書いたものが徳島の文学賞(第15回とくしま文学賞随筆部門)で最優秀賞をいただいたんです」(なかむらさん)

あゆみさんの母、竹内紘子さんは児童文学作家。作品が韓国で出版映画化された経験もある。若い頃から徳島で教員をしていた。嫁いだ家は農家で「夫の甲斐性がないみたいでみっともないから」と、仕事をやめるように言われたそうだ。すると、祖母と大叔母が「やめさせないでください」と止めに来たのだとか。あゆみさんの曽祖母は、女手ひとつで呉服屋を切り盛りして、紘子さんを育てた。代々働く女の家系なのである。

あゆみさんの母で児童文学作家の竹内紘子さん

紘子さんが40歳の頃、生徒のテストの採点を終えた後に、台所で一人、児童文学を書いていたそうだ。あゆみさんはその様子を見て育った。母を応援しつつも自分が書くとは思っていなかった。

「受賞したといっても、最初だからすごく下手だったんですよ。審査員の佐々木義登さんが『作品に含まれる哲学が非常によい』と拾ってくれて。そうでなければ書くのは辞めていました。カタカナで『フツウ?』という話です。フツウなんて、もともと存在しない。フツウっていう考え方がなくなると、どんだけ楽だろうと」(なかむらさん)

あゆみさんは徳島の中学校でいじめに遭い、高校には行かずに大学検定で大阪の大学に進学した。徳島の中では「私は普通じゃない」と思わされ続け、大学に進学したら「普通の大学生」と周囲から認められ反応が変わった。『フツウ?』では、人のよくいう「普通」や「幸せ」にいまも揺らされている自分について書いた。

 

(前略)

 アインシュタインはこうも言った。
「人生を楽しむ秘訣は、普通にこだわらないことだ」

 人生は道半ば。振りかえると驚くほどのでこぼこ道だけど、これからは自分の選んだ道を楽しみながら生きていく。しばらくはゆっくりと。坂道はしんどいから電動アシスト付きの自転車で進んでいく。(了)

『フツウ?』なかむらあゆみ
第15回とくしま文学賞 随筆部門受賞作

 

「書く」場所は、自分でつくる

 

文学の世界に飛び込んだ新人作家あゆみさんには、なにもかもが新鮮に映った。所属した徳島文学協会で文学を通じた交流ができ、講座が楽しみだった。あゆみさんにとって、なくてはならない場所が、中学のいじめ以来どうも居心地の悪かった徳島で、はじめてできた。

書き始めた年、新しい文学賞が誕生する。「徳島新聞 阿波しらさぎ文学賞」である。15枚は難しい枚数だ。が、郷土の名を冠した短編文学賞である。長編を書いた経験のないあゆみさんにとっては「私がとるべき賞」に思えた。1年目は1次選考で落ちた。「根拠のない自信があった」と話すあゆみさんは当時、新聞の通過者覧に自分の名前が掲載されていないのは間違いなのではないかと、文学協会の先輩に尋ねたほどだったそうだ。2年目は最終選考で落選。

「才能ある県外の書き手の方々が徳島に来ずとも面白い作品を書かれて受賞されている姿には正直『くそー』と妬みました。結果的にはその気持ちが原動力となりました。私が本当の徳島を書いた作品で受賞してやるぞ、と」(なかむらさん)

そして3年目。審査員小山田浩子さんの強烈な後押しを受けた『檻』が徳島新聞賞を受賞。4年目には『空気』で、徳島県人および女性としても初めて、阿波しらさぎ文学賞大賞を受賞した。

阿波しらさぎ文学賞 授賞式

(前略)

 夕方、浴衣に着がえたさちは玄関先で迎え火を焚いた。煙が昇っていく。空が高い。父の所まで届くかな。子どもの頃、曾祖母の初盆の時に、母が浴衣を着て静かに踊った光景をさちは時おり思い出す。掛け声も鳴り物もない、死者を迎えるための盆踊り。

(中略)

さちは前を見つめ、両手を高く上げ、ゆっくり足を運んでいった。(了)

 『空気』なかむらあゆみ
第4回徳島新聞 阿波しらさぎ文学賞 大賞受賞作

 

故郷・徳島の母から、父が亡くなった日の焼き場の空気が、ペットボトルに入れられて届く。『空気』は冒頭から突飛でどこかやるせない短編小説だ。焼き場の空気、生前の父がたたえていた空気、コロナ禍での緊張感ある空気、高知から嫁いできた母の持つ空気、母と娘の間に流れる空気。短い話の中に、たくさんの空気が込められ、空気を読む日本人独特の描写が続く。そしてラスト、徳島で夏を過ごした誰もが、その空気感を胸に刻む阿波踊りで物語が閉じられる。徳島文化の空気そのものだ。土地に根を持つ人ならではの描き方、書き方が随所にある。

「作家は受け身というか、賞をとっても依頼が来ないと仕事がないんです。私は無名ですから受賞したとき『いま勢いにのっているから、文芸誌からデビューできるように早く書きなさい』と言われたんです」(なかむらさん)

だが、遅咲きでの受賞。執筆歴も浅く、50枚以上の作品を書いたことがなかった。100枚も200枚も書けるのか不安でしかない。作家転身のきっかけは体調不良。体力に自信もない。若さがあれば勢いで突き進んだのかもしれないが、いまから有名文学賞の受賞を目指したいとも思えなかったそうだ。

「注目をされているいま何をすべきかと自問しました。それで『次の作品を読みたい』という声、関わりが大切だと。書きっぱなしで自己満足でもダメだし、あまりに怯えてしまってもダメ。書く媒体がないんだったら、自分でつくろうと『巣』をつくりました」(なかむらさん)

文芸誌『巣』

最初は素直に面白いと思ったから。「世のため、人のため」は作りながら芽生えてきた

 

石橋を叩かずに渡る性格もあり、思いついたら即実行。Twitterで『巣』の制作を宣言したら、多くの人からリツイートされた。文芸批評と文学研究の雑誌『文学+』からは、WEB版で『巣』ができるまでを書いてみませんかと、エッセイ執筆のオファーまで届いた。だが、なかむらあゆみという人には、「地域のため」といった気負いがあまり感じられない。できあがった『巣』にも、Twitterでの日々の言葉にも。この人は本来、自由でいたいのが本音なのだろうと感じさせられる。

受賞時のツイート

「自由でいたいのはその通りですね。女性メンバーで作ったのは、40歳を越えてから女の人から感じる多様な生き方や考え方を面白いと思ったから。いじめられた経験から昔は苦手だったのが嘘みたいに今は同性との関わりに興味がある。例えばスーパーのレジの女性。クリスマスになるとサンタの帽子をかぶるじゃないですか。『大変じゃないんですか?』って聞いたら、『白髪をきちんとしていないと不潔に見えるでしょう。この1ヶ月は帽子で見えない。白髪染めをしなくていいから楽なんです』って。サービスを受ける側の『あたりまえ』をクリアするためにそんな努力があるんだと、話を聞くとありがたいことは沢山ありますね」

関心が赴くままに作ったら、思いがけず色濃いものが編まれていった。文芸誌『巣』はA5版124ページ。千百円(税込)。書き手は、「いま徳島で暮らす女性たち」だ。依頼時に特にテーマなどは指示していない。

あゆみさんは同名の短編「巣」を書き下ろした。あゆみさんの母・竹内紘子さんは徳島の正月儀礼「三番叟まわし」をテーマにした児童文学を寄稿。ほか、歌人や写真家、文芸作家、教育心理カウンセラー、建築士と多彩な7名の寄稿者が、短編小説のほか阿波弁談義や徳島名物半田そうめんレシピ、暮らす視点での写真などを寄せている。

徳島で暮らし、それこそ自身の「巣」を、営んでいる女性たちの息遣いから、土地のイメージが立ち上がってくるような一冊になった。ステレオタイプではない徳島。愛着のみならず複雑な感情が絡み合って存在する、暮らす地域の姿がある。

歌人・田中槐さんの半田そうめんレシピのページ

「Twitterで繋がった人たちが楽しんで読んでくれたらいいなと想像して作りました。文学界隈だけでなく、様々な場所で暮らす、自分と似たような感性を持つ女性に届けたい気持ち。だから『すごい作品にしなきゃ』とか、そんな気負いはなく制作することができました。徳島、文学、女性。そんなキャッチコピーも全て後付けなんです。『そうは言っても徳島の文芸の発展を考えているんでしょう』とか言われるんですけれど、本当に何もなかったんです。つくっていく中で芽生えていきました」(なかむらさん)

文芸作家は極私的な領域で作品を生み出す存在である。あゆみさんは小説から文芸誌にメディアを変えても、創作者としての志向は変えなかったのだろう。阿波しらさぎ文学賞の受賞作『空気』に著された関心事が、そのまま文芸誌になったようでもある。良い小説がそうであるように、文芸誌『巣』もまた、多くの人の心の深部に潤いを与えている。

書店に配布したPOP

ローカルリトルプレス「あゆみ書房」の誕生

広島の文学フリマに出店して手売りした

『巣』にはISBNコードをつけた。初版は400部。売り切って版を重ねた。地元徳島と関西エリアの書店には、あゆみさんが自ら営業をして置いてもらった。京都のレティシア書房もそのひとつ。ある日、あゆみさんの夫がレティシア書房を訪れた。

「置いてもらっただけでありがたいから、返送時の送料ももったいないし『引き取りに来ました』って夫がお店の方に言ってくれたんです。そうしたら、『もうあと一冊だから置いといてあげる』って。『また作るの?』と聞かれたから『なんか作るといってます』とかって夫が言ってくれて。そしたら『一冊残っても、それと一緒に売るから』と」(なかむらさん)

半年の制作期間中は出来上がりが気がかりだった。気がかり続きの日々が続くものだから、発行は一度限りとも思っていた。だが『巣』を販売することで生まれたレティシア書房のような書店との縁はもったいない。継続して制作するため、ついにあゆみさんは「あゆみ書房」としての活動を決意した。開業届の提出をTwitterで報告をしたら、またイイネがたくさん付き、「おめでとうございます!」と反響があった。

開業届の提出もTwitterで報告

「書きたい気持ちが枯れるまで続けます。だから自分で書く場所をつくるんです。あゆみ書房では、今年から来年にかけて数冊刊行予定です。一番近いものではTwitter内で知り合った他分野(撮る、書く、創る)三人が結成した『小さなものがたり収集所』で作った、大人向け絵本のような作品集『堀川ものがたり』。それからもうすぐ80歳を迎える母の詩集を出すつもりです。児童文学作家なんですが、母が好きなのは詩なんです。そして『巣』の2号も12月に刊行します。今回は『徳島SFアンソロジー』という大きなテーマがあって、Kaguya Books/社会評論社さんと共同で制作、徳島発で全国展開する予定です。どんな本にできあがるかドキドキしています」(なかむらさん)

 

阿波しらさぎ文学賞の大賞受賞までは「なにかに導かれるように」受賞したのだと話すあゆみさん。ここから先は、自分の持てる力を総動員して文学シーンに残っていきたいという。

『巣』に掲載された建築士の視点でみる徳島の日常の風景写真「明けても、暮れても」

「こんな言い方をしたらダメなんだけれども、やっぱり女性として、徳島の社会人として、生きているだけでは限界があって。今はありがたいことに、こうして繋がりがある。SNSでもそう。ひらがなの『なかむらあゆみ』を手に入れたと思っているんです。以前はこんなに自由ではなかったから」(なかむらさん)

ふと気になって、最後に「自由を感じられるのは、文芸というジャンルだったからなのか?」と聞いてみた。あゆみさんは軽やかに「なんでもよかったんです」と応えてくれた。

「エッセイを書く前に、多肉植物のブログを書いてたんです。そしたら兵庫の多肉植物好きの人とつながって。ちっちゃい苗とかを送ってくれたりするんです。もうそれだけでも、すっごい世界が広がった。こじんまりした話ですみませんけど」(なかむらさん)

あゆみさんの多肉植物好きはいまも健在

地方に暮らす女性たちは世間を広げるのが難しいと感じる。保守的な価値観を受け入れざるを得ない窮屈さを感じている人も多い。しかし、そんな状態でも幸せに暮らしている人がいるのもまた事実である。

とはいえ、自分らしさを表現したい人ほど、保守的な価値観の中では生きづらさを抱えているものだ。その意味で、あゆみさんの「なんでもよかった」という言葉の軽やかさに、救われた気持ちになった。ひとたび表現の回路が社会に向けて開通したのなら、あとはそこを守り育てていけばいい。

中央を目指さなくてよい。有名文学賞を目指さなくてよい。自分がいる場所からぬけださなくてもよい。自由に生きるための回路を自分でつくって守っていく。『巣』が届けてくれたのは、根のある場所で自分のまま生きる人の姿である。

マップ

あゆみ書房
徳島から文芸誌を届けるリトルプレス。文芸作家なかむらあゆみ主宰。第4回阿波しらさぎ文学賞受賞賞金で制作した文芸誌『巣』を2022年春に出版。
https://ayumishobo.base.shop/

プロフィール

なかむらあゆみ

文芸作家
1973年徳島県生まれ。近畿大学文芸学部卒。「空気」で第4回阿波しらさぎ文学賞大賞を受賞。「檻」で第3回阿波しらさぎ文学賞」徳島新聞賞、「フツウ?」で第15回とくしま文学賞随筆部門最優秀賞を受賞。掌編小説『檻』『ミッション』『赤いパプリカ』が米ウェブメディア掲載(ToshiyaKamei翻訳)。徳島文学協会所属。

ライタープロフィール

友川綾子(Ayako Tomokawa)

京都芸術大学卒。ギャラリー勤務、3331 Arts Chiyoda立ち上げなどを経て、2010年よりフリーランスのアートライターに。以降は行政や市民と協働するアートプロジェクトをフィールドに活動。2017年よりNPOスローレーベルにて広報とファンドレイジングを担当。福祉とアートの分野を超えたプロジェクトの知見を蓄える。2021年6月、アートプロジェクトで豊かに育つアートの価値をマーケットの評価にもつなぐため gallery ayatsumugi を設立。​
美しいとは、五感が気持ちよいこと。著書『世界の現代アートを旅する』。

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