地域との接点をつくろうとするアート施設は国内に多数ある。その中でも「山口情報芸術センター[YCAM]」(以下、YCAM)は、メディア・テクノロジーを用いた新しい表現の探求を目的としているユニークな施設だ。特徴的なのは、アーティストと協業して新作のインスタレーションやパフォーミングアーツ作品の制作を行ってきたこと。ゼロから作り上げられた新作を見れるとあって、県外からアートファンが多く訪れている。
また、YCAMには市立図書館が併設されているほか、館内の上映施設では映画上映が行われている。劇場では、パフォーミングアーツ作品のほかにもコンサートなども開催されており、ジャンル問わずにメディアに関連する作品に触れられる場所になっており、それもあって、地元住民もなにげなく訪れる憩いの場となっている。
今回、地域に根差すアートセンターの代表例として、主にアートの分野では深く語られてこなかった地域連携の取り組みについて、スタッフの渡邉朋也さんに話を伺った。
開館前に市民の反対運動が
YCAMは2003年に開館。計画から開館までの間に市民による反対運動も起きたという。人口20万人にも満たない都市で、メディア・テクノロジーを軸とした表現に特化した公共文化施設を多額の費用をかけて整備することが原因だ。
「90年代の一般的な生活者の目線に立てば、いくら高度情報化社会の到来が喧伝されていたとはいえ、理解に苦しむというのは最もだと思います。実際に、開館前の市長選では、施設の見直しを訴えた候補が当選もしました」(渡邉さん)
そういった背景もあって、ハイコンテクストなアート作品を制作するだけでなく、地域市民とのつながりを意識したプロジェクトが多数行われてきている。その歴史の中でも特に地域を意識したな取り組みを紹介してもらった。
「開館当初はメキシコ系カナダ人アーティストのラファエル・ロサノ=ヘメルさんの『アモーダル・サスペンション―飛びかう光のメッセージ』という作品が話題になりました。世界中からインターネットを介して送られたショートメッセージを巨大な光の柱に変換して館外に投影するインスタレーション作品です。他にもメディアアート的な作品だけでなく、開館前から市民からなるボランティアグループを組織して『山口アートマネジメント隊』を結成し、きむらとしろうじんじんさんや、野村誠さん、藤浩志さんといったアーティストと地域住民が共同で楽焼きや地域通貨を用いた作品を作るプロジェクトを実施しました」(渡邉さん)
Amodal Suspension – Relational Architecture 8 from YCAM on Vimeo.
「このような市民参加型のアートプロジェクトは開館後も続いていきます。開館翌年の2004年からは、1年間に渡って市民とアーティストが活動を展開するアートプロジェクトのシリーズ『meet the artist(ミート・ジ・アーティスト)』を実施しました。2008年には山口市中心商店街を舞台にした市外劇を演出家の高山明さんと作ったり、2007年には山口市の魅力を発信するための雑誌を美学者の吉岡洋さんと作ったりしています」(渡邉さん)
YCAMの地域連携
山口市は県庁所在地ではあるものの、平成の大合併を経て市内に数多くの過疎化が進むエリアを抱え、少子高齢化や耕作放棄地の問題など地方都市ならではの課題もある。そのため、YCAMでも地域社会の課題解決を意識した展示やイベントが数多く開催されてきた。
「『meet the artist 2022:メディアとしての空間をつくる』は、YCAMの近隣にある空き家を数ヶ月かけて更地にまで解体することで、コミュニケーションの基盤としての空間が果たす役割や、家屋に潜むさまざまな情報について理解を深めるものです。この過程で、コンサートや展示などさまざまなイベントを開催しました。山口市は全国平均に比べて空き家率が高く、空き家対策と芸術文化の拠点作りの新しいモデルになるのではないかと考えています」(渡邉さん)
「また、アートの文脈からは少し離れますが、2010年代に入ると、パーソナルファブケーションが盛り上がり始め、YCAMでもファブの機材を導入したり、『Yamaguchi Mini Maker Faire』などのイベントを開催するように。すると、これまでにあまり接点のなかった農業などの業種と接点ができました。こうした流れを背景に2014年と2016年には『RADLOCAL』という、地域課題をメディアテクノロジーを応用して解決するための人材育成ワークショップを開催したり、山口市の中山間地域で問題になっていた放置竹林の孟宗竹を使って自転車をつくる取り組みに協力したりしました」(渡邉さん)
開館から20年近くが経過し、その時代の雰囲気に合った取り組みによってノウハウが蓄積され、YCAMの目指す方向性、すなわちアートやクリエイティブな表現をベースとした地域課題解決というスタンスが次第に固まってきた。結果、活動のフィールドも館外へと広がっていく。
「たとえばYCAMが過去に制作した作品を商店街に常設展示しています。音楽家の坂本龍一さんが手がけた2つの作品です。『water state 1』(高谷史郎との共作)という作品は商店街の空き物件で、また『Forest Symphony』(YCAM InterLabとの共作)という作品は郊外にある常栄寺で、ともに展示をスタートさせて3年目を迎えました」(渡邉さん)
市内に著名なアーティストの作品を展示するだけでなく、市⺠をアートコミュニケーターとして育成する取り組みも行われる。取材日も、商店街にあるクリエイティブ・スペース赤れんがで、過去に「やまぐち新進アーティスト大賞」を受賞したアーティストの展覧会「やまぐちアートピクニック」のワークショップが行われていた。まち歩きを楽しみながらアートに触れるという企画に、若者から年配までが集い、交流が行われていた。
「『やまぐちアートコミュニケータープログラム』は、商店街に展示している作品と鑑賞者をつなぐ役割を担うアートコミュニケーターを育成しようという取り組みです。例えば坂本さんの作品を題材に、より深く作品の魅力に触れられるプログラムなどを、参加者自体が主体的に考えて編み出していきます」(渡邉さん)
さらに、アートを鑑賞する世代だけでなく、子どもたちが体験できる作品づくりにも取り組んでいる。
「山口井筒屋というデパートの2階で『コロガルあそびのひゃっかてん』を展開しています。これは2012年からYCAMが実施している子ども向けの遊び場『コロガル公園シリーズ』の最新版です。先ほど触れた『water state 1』や『やまぐちアートコミュニケータープログラム』も山口市が実施する、アートによってエリアの価値を高める事業の一環です」(渡邉さん)
また次の世代の育成や教育をテーマとして、山口市内の小中学校で、YCAMが編み出した教育プログラムを実施する取り組みも生まれた。これは市の教育委員会も注目する動きになっている。
「山口市教育委員会との協働で昨年度から、情報や体育などの授業で取り入れられるようになりました。こうした取り組みの背景には、学習指導要領が変わってプログラミング教育が必須になり、タブレット端末が全員に配布されるようになったことが挙げられます。YCAMが開発する教育プログラムのほとんどがメディアテクノロジーに関するものなので、非常に相性がいい取り組みです」(渡邉さん)
山口市の土地の記憶
ここで一旦、YCAMの歴史を伺ってみた。山口駅から徒歩25分ほどの場所にあるYCAMが建っている区画には、もともと野球場と体育館と高校があったという。近隣の住人には今でもその記憶が根付いているという。
「例えば1960年に完成した山口県立体育館は、当時山口には大人数を収容することができる施設が少なかったことから、スポーツ以外にもたとえば海外のロックバンドのQueenがライブをしたり、新日本プロレスが興業したりする、さまざまな活動を受け入れる場所でした。過去にあった場所の記憶を受け継いだ結果として、映画館でも美術館でも、劇場でも、ライブハウスでもない、なんとも形容し難い場所ができたのだとだと思います」(渡邉さん)
東京などの大都市の施設では、ジャンルごとにイベントが振り分けられる。音楽で例えると、ロックが好きだったらロックのライブハウスに行くというように細分化されるが、山口市では施設も限られるので、ジャンルを問わずに集まる場所が必要だったのだろう。そうした多様な目的を持った人々が混在している場の雰囲気がYCAMの魅力のひとつといえる。
「現在、YCAMではスタジオAというスペースで演劇やダンス、コンサートを開催することが多いのですが、ここの収容人員は約300人程度です。だから採算が取りづらい。スタジオCというスペースでは映画を上映していますが、そこも約100席ですから、やはりメジャーな超大作を上映するようなことを想定してはいない。あくまで小規模から中規模の範囲で制作も含めた実験的なことをやる場所として設計されているんです」(渡邉さん)
地域の文化拠点としての文脈を受け継ぎ、地域市⺠との関わりを多角的に生み出すYCAM。20年の時を重ね、地域社会におけるアートセンターの存在意義を今後も示し続けてくれるだろう。