映画に限らず、文化施設が少ない地域でどのように人は作品や表現に出会い、語らうことができるだろうか。映像のつくり手自らがオープンした秋田の映画館は、月に数日の「食事つき上映」という仕組みを導入している。
2021年11月。コロナ禍で飲食店の閉店も続き、空洞化が進む秋田駅前の中心市街地にミニシアターがオープンするという知らせに驚き、足を運んだ。初回上映は、秋田の伝統野菜(在来種)である沼山大根の栽培復活を追ったドキュメンタリー作品『沼山からの贈りもの』で、上映後には大根の試食とドリンクの提供、感想を共有する対話の時間も設けられた。
名前は「アウトクロップシネマ」。これを設立したのは、大学進学を機に秋田に移住した栗原エミルさんと松本トラヴィスさんが起業した株式会社アウトクロップで、法人としては2020年12月から映像制作を通じた地域プロモーション、企業ブランディング事業などに取り組んでいる。ミニシアターのオープンから1年と少しを経過した2023年2月に行われた上映会へ再び足を運び、2人に改めて話をうかがった。
食事つき上映会が深める映像体験
ミニシアターは古民家を改修した建物の1階にあり、席数は16とささやかな規模だが、料理を提供できるキッチンを併設し、2階は法人の事務所となっている。事務所の移転拡大を検討していた際に物件と出会い、渋谷にあった映画館・アップリンクの椅子が入手できそうだったことなどの要素が重なり、思い切ってこの取り組みをはじめたのだという。
上映は毎月1作品を取り上げ数日間のみ営業。そのうち毎回、もしくは数回を『沼山から〜』のようなイベント形式として、シェフを担当する松尾遼さんを中心に趣向を凝らしたオリジナルの飲食を提供する。ミニシアターと言っても法規上はまだ飲食店の扱いとなっており、興行場法の規制を受けない範囲の頻度で上映を行っているのだ。
実は『沼山から〜』は、松本さんと栗原さんが大学卒業前に制作した作品。完成後、既に秋田県内のカフェやギャラリー等で上映をする際、実際に沼山大根を食べてもらい、現代の農や食について話す機会を設けたことがあったという。
「ひとりひとりが映画の中で作品と対話して、感じたことを話す時間があって、さらに食べることで深めて、より五感でストーリーと繋がる。ただ鑑賞するだけじゃなくて、映画の主題に対して自分がしっかり心の対話をするっていうことができる時間を作れるかもしれないと感じるきっかけでした」(松本さん)
語らいの場をつくる工夫
今回の取材で拝見したのは、パレスチナの紛争地域・ガザ地区に暮らす住民たちの日常にも光を当てたドキュメンタリー作品『ガザ 素顔の日常』。ロシアによるウクライナ侵攻も続くなかでシリアスな企画だ。
上映後に観客それぞれの感想が共有されるなか、提供されたのはパレスチナの伝統料理「ムサッハン」にインスピレーションを受けた料理。本来は肉を利用した料理ですが、具材には鯛を使用。ガザでは日常的に移動や流通が規制を受けていて肉の代わりに身近な海で手に入る魚を使う人もいるということ、作品でも海が象徴的に描かれていることなどをうけつつ、ガザでも日本でも獲れる食材を使うことで当事者意識を深めてもらうことなどを狙ってアレンジしたレシピだという。確かに作品の中でも、自由に移動ができないと言いながらも、地中海の上に船を気持ちよさそうに走らせる人。海で遊んだり釣りをしたりする人の姿が描かれていたのは印象的だった。
「今回上映したのは2019年の作品なんですけど、当初は東京3ヶ所で上映されただけで、他の映画館で上映されてないんですよね。埋もれているのにパワーがある作品はたくさんあるので、そういうものを映画館に持ってきて、心を通わせる時間を作りたい」(松本さん)
提供する料理についても、どのように作品のエッセンスを反映させるのか。適度なボリュームはどれくらいか、などの検討を重ねて決めているそうだ。なぜなら、ここでは作品や対話の時間をつくることが主役だからだ。
「映画館をやりたいというよりは、映画を介した語らいの場をつくりたいというのがありました。『沼山から〜』で言えば、同じ空間で映画を観た人たち同士で、例えばおじいちゃんが農家だったとか、この大根を買っていこうとか、何か自分と繋がる話が出てくると、それを他の人も自分ごととして捉えられる。そういう体験をつくっていきたいんですよね」(松本さん)
このような企画には当然、準備にも運営にも手間がかかるという。最初は全ての上映を食事つきにしていたが、最近では最後の回だけを食事つきにするなどして収益のバランスを保っているとのこと。ただでさえ席数の少ない環境だが、効率よく上映をするのではなく、小さな場を共有する観客同士、運営スタッフとの距離の近さを大事にした運営をしているという。
「この顔の見える空間をやりコミュニティをもっていることで、ただの映像制作会社だとは見られていなくて、イベントに誘っていただいたりもしています。ここで大きな利益を出せなくても、我々がやりたいドキュメンタリー制作などにもつながる。シナジーがある。そんな取り組みです」(栗原さん)
公共性の高い取り組みにも参加
昨年8月には、秋田駅前の芝生広場を盛り上げようと、JR東日本が主催するイベントで無料の屋外上映会を実施。同じ市街地にあり、公設民営の小規模多機能型文化施設・秋田市文化創造館とも継続性のある企画で協働しており、コーヒーの試飲会付き上映会、秋田のまちと映画に関する座談会を行うなど公共性の高い取り組みにも積極的に参加している。
映像制作の面でも、ドキュメンタリー表現の可能性を深めるなど映像だからこそできる表現があり、その内容を届けられる人たちがいるとこだわる松本さんと栗原さん。だからこそ映像・映画そのものと人が出会い、向き合うことの豊かさ。それを見る場や語らいの場が生み出す可能性を大事にしながら活動している。