福井県福井市の老舗地元新聞社「福井新聞」には、記者たちが集まって立ち上げられた一風変わったチームがある。その名も「まちづくり企画班」。まちのことを取材するだけではなく、カフェとコワーキングスペースを運営するなど、プレイヤーとして実際のまちづくりに携わっている。
記者がまちづくりのプレーヤーになる
100年以上の歴史があり、県内シェア75パーセントを誇る福井新聞には、普通の新聞社にはない一風変わったチームがある。それは、記者3人とデスク1人が集まって立ち上げられた「福井新聞まちづくり企画班」である。きっかけは、北陸新幹線が金沢まで延びることによって、福井が取り残されてしまうのではないか、という危機感からだった。日々福井のニュースを追い続けていた社会部記者・細川善弘さん、高島健さんたちは、市民が集う会合に顔を出しながら、こうしたまちの課題に対して記者という一歩引いた視点で語るのではなく、自らまちのために動き出せないかと考え始めていた。
ふと、細川さんたちは「評論家はもういらない」という市民団体の代表の方の言葉を思い出した。ひとりの福井人として考え、まちづくりに関わっていきたい。そこで生まれたのが、記者の枠を取っ払い、自らまちづくりの実践をしていく様をレポートする「まちづくりのはじめかた。記者、奔走」という連載企画だった。上司に企画を提案すると、なんとゴーサインが出た。さらに「ちゃんと楽しんでやるように」と、背中まで押された。
「この企画に集められた記者は皆、当時三十代で今後まちづくりの中心的なプレーヤーになっていくべき年代でした。そういう僕らの視点からまちづくりのプロセスを見せられたら、共感できる人も多いんじゃないか、と」(高島さん)
では、まちづくりといっても実際に何から始めればいいのだろうか。日本海に面し、越前ガニなどの海産物やブランド豚など豊かな食文化を誇る福井。しかし、お店で出される魚の多くが県外産だという現実。地産地消にこだわり地域経済を活性化する事業ならば、この土地でまちづくりをする意義もある。イメージは固まった。
まちづくり会社を設立する
まず最初にまちづくり企画班は、福井の食と、歴史ある伝統工芸を紹介するレストランを自分たちで作ろうと考えた。そこで生まれたのが「FUKUI FOOD CARAVAN」というイベント。第1回は、福井県内の山や海に出かけ、郷土の食にスポットをあてた体験型イベントを地元の人たちとつくり、動画をネットで配信。出会った食材を使ったランチを中心市街地で販売したときには完売するメニューが続出するなど、手応えは上々だった。
「その活動を紙面でも紹介したのですが、『まちづくりのはじめかた。』と大きく打ち出している割に、期間限定のイベントを企画しただけで、はたしてまちづくりと言えるのだろうか。実際、Facebookで紹介しても、『そんな一過性のイベントでまちづくりと言ってくれるな』という意見が結構出てきた。もっと継続性のある事業を自分たちでつくらないといけないと感じました」(細川さん)
そこでまちづくり企画班は、「FUKUI FOOD CARAVAN」などの活動で生まれたネットワークを活かしつつ、空き店舗をリノベーションして恒常的なスペースを立ち上げようと考えた。その運営母体として、福井新聞社と有志の人々が共同出資する「福井木守り舎」というまちづくり会社を設立。福井の中心市街地ににぎわいをうむ場としてカフェ「sumu」とコワーキングスペース「sankaku」をオープンした。
地元の商店街に新聞社のオフィスができる
中心市街地の活性化は目に見える課題だった。行政に頼らず民間の力でまちおこしがしたい、という思い。企画班の地道な「活動」が「事業」になった瞬間だ。
「単にカフェを作るだけではなくて、そこにどういう機能を付け加えるとビルが面白くなるのか、中心市街地に縁がない人々を引きつけられるか、ということを考えました。そこで、多種多様な人が集うコワーキングスペースを加えようと思ったんです」(高島さん)
しかし、ハードをつくっただけではまちづくりにはならない。高島さんたちは定期的に漫画会や座談会などのイベントを開催し、コミュニティをつくっていった。さらに、細川さんや高島さんは基本的に毎日「sankaku」に常駐し、スペースの運営をしながら日々まちへ「記者」として取材に出かける。つまり、福井新聞社のサテライトオフィスとして「sankaku」があるということだ。なぜ本社ではなく商店街にオフィスを置く必要があるのだろう。高島さんはこう語る。
「記者って一般的にどこかの『記者クラブ』に所属するっていう働き方が多い。例えば福井市役所担当なら福井市政クラブ、警察担当なら警察クラブと、現地に机を置いて仕事をしていますから、普段本社に記者はいないんですよ。だけど僕らは『まちづくり担当』なのでどこの記者クラブにも所属していない。結果的に自分たちがつくったスペースにいるしかないんです。ここがある意味記者クラブの代わりなんです」(高島さん)
さまざまな人が集うことでまちの姿がより見えてくる
コワーキングスペースをつくったのは大きかった。市役所や警察署には一般市民はなかなか訪れないが、「sankaku」は商店街のど真ん中にあるため、ふらっと近所の人が世間話をしにやってくる。大学のゼミ活動に利用されたり、市民団体が打ち合わせに利用してくれることもある。さらに、プログラマーやデザイナーなどクリエイティブ職の若者が入居し始めた。「sankaku」のロゴをデザインしたのも、シェアオフィスのメンバーである。
コワーキングスペースは、安価に利用できるためスタートアップを考える個人事業主やデザイナーなどのノマドワーカーにとって敷居が低い。さらに、入居者同士が出会う場としても機能する。細川さんたちは取材から帰ると「sankaku」でPCに向き合い、その日の原稿を書き上げる。たまに訪れるお客さんと話をして、レジ打ちもする。これがまちづくり企画班の一日なのだ。
「もちろん、まちの情報は市役所にも集まってきますから、市役所にも記者はいます。細川も私も以前は市役所担当でした。ただ、行政が発表することはすぐわかるんですけれど、まちのリアルな声はあまり聞こえてこない。結果的に僕らがここにいる意味はあると思いますね」(高島さん)
県民から絶大な信頼を得ている老舗新聞の記者だからこそ、相談も絶えない。
「商店街を中心とした商業施設一帯の販促活動をしたいんだけれど、何かアイデアない? と企画段階から相談してくれる人もいます。子どもからお年寄りまで読んでもらっている媒体なので、なじみにある会社という安心感もあるのかもしれませんね。『福井新聞』への信頼をいただいていることが活動の支えになっています」(細川さん)
体だけではなくスキルも紙面から飛び出す
もともと新聞社と市民が出資して立ち上げられた福井木守り舍だったが、現在、高島さんたちはその枠組みから抜けており、木守り舎が借りているビルの3階(sankaku)を福井新聞社が借りるかたちになっている。つまり、sankaku自体、福井新聞社直営のコワーキングスペースなのだ。高島さんたちがレジ打ちまでしている理由はここにある。
「木守り舎は民間の会社なので当然、投資したぶんは回収しなければならないのですが、ビルをリノベーションするだけでなく、経営していくとなると結構大変で。木守り舎は下のカフェ運営とビルの管理に専念してもらい、われわれが3階をテナント借りするというかたちで再編しました。結果、このスペースを起点に、地域の情報発信事業に専念できるようになりました」(高島さん)
今、まちづくり企画班が力をいれているのが「echiwa」という、外国人向けのウェブサイト。福井が誇る食や伝統工芸、風土などを英語で紹介している。UターンIターンによって都会の若者を誘致する観光サイトは全国各地で流行しているので、他と差別化する意味で、ダイレクトに海外から注目を集めることで国内での存在感を高めようという狙いがある。
「次にどういうことを始めようかと議論する際、今までは会社の中だけで完結していたものが、このスペースにいるメンバーの意見を取り入れることで、新聞社では思いつかないような着眼点を得られたり、新聞社にはないセンスのものが出来上がってくるのが面白いですね」(高島さん)
「sankaku」という場があることで、社外の人的リソースにアクセスしやすく、思わぬ出会いやコラボレーションが生まれる。新聞社にいるだけでは決して生まれない事業も立ち上がる。本社としても、ジャーナリズムを超えた地域貢献ができる「sankaku」という場に可能性を見いだそうとしていると細川さんたちは語る。
しかし、観光客向けのウェブメディアは、一見してすぐに利益が出るようなものではないだろう。とはいえ、福井を盛り上げるウェブサイトを地元新聞社が立ち上げること自体は理にかなっている。未来への投資でもあるからだ。高島さんは、その役割を自治体ではなく地元メディアが引き受けることに価値があると語る。
「行政の観光ページとかだと、市町村まんべんなく取り上げないといけないとか、行政としての縛りが結構出てきてしまう。でもこのサイトは僕らが独自に作っているので、素材の切り方一つとっても、繁華街のスナックを取り上げたりと好きなことができる。海外の観光客も今、ディープなまちを知りたがっていますから」(高島さん)
日々、まちを駆け回ってユニークな人やお店、ニュースを探している新聞記者だからこそ、「何を紹介すると興味を持ってもらえるか」などの切り口を見つけるのが得意だ。まちの新しい兆しを察知する感度も高い。ジャーナリストの知見、人脈をフルに活かした地元メディアのまちづくりは、今後の地域活性のキーワードになってくるはずだ。二次元の紙面づくりから立体的なまちづくりへ。福井新聞まちづくり企画班の今後の展開に目が離せない。
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※雑誌『地域人』(大正大学出版会)第22号より加筆し転載