2023年、浦安市と東京藝術大学が連携して行う「浦安藝大」が立ち上がった。そのなかでも、ローカルの高齢化と孤立という課題へファッションからアプローチするのが「拡張するファッション演習」だ。本演習はレクチャー&ワークショップの形式で10月から11月まで、ディレクターに美術家・西尾美也、キュレーターに著述家・林央子を迎えたプログラムである。筆者はリサーチャーとして関わった。ここでは、約一年間のプラグラムを振り返りレポートする。
1)「利他的な編集」としてのファッション
「拡張するファッション演習」初回レクチャー所感
2023年8月26日、初回レクチャーでは「拡張するファッション演習」が生まれた理由についてディレクター、キュレーターによって語られた。
「拡張するファッション演習」の着想となったのが、キュレーターの林央子が(主に) 90年代のガーリー・カルチャーやDIYブームに着目し、「別の視点」から見るファッションの歴史を繊細に編み上げ2011年に発売された『拡張するファッション』(スペースシャワーネットワーク)と、2014年に上記の同名著作を展覧会化した「拡張するファッション」展(水戸芸術館)である。展覧会にはディレクターの西尾美也もFORM ON WORDSとして参加していた。
2014年の展覧会では、FORM ON WORDSの4段階に変化するファッション・ワークショップのほかに、芸術家パスカル・ガデンによる美術館監視員の制服を彼女たち自身で作るという14日間にわたるワークショップが行われた。こうしたワークショップ形式のアート実践はもはや珍しくはないが、ガデンによるワークショップはそのコミュニケーションの方法に特異性があった。ガデンはアーティストでありながら、「編集者」が用いるような傾聴の姿勢で参加者の声を拾いながら、このプロジェクトを遂行したのである。
「利他的な編集者」としてのアーティスト、デザイナー、そして「編集者」
ガデンのワークショップでは最初の8日間を対話に費やし、共同体験(藍染め)を1日間、残りの5日間を制服の制作にあてた。ガデンは「利他的な編集者」として初日から参加者に働きかけたことによって、参加者を触発し、期間中参加者らが自らも講師となって教え合い、共に作るというコミュニティーを生んだ。さらに驚くことに、アーティストが去って展覧会の会期が終わってからも、監視員の有志が「手芸部」を発足し、現在では美術作家として地域の展覧会から委託制作を頼まれるほどになり、活動が約10年にわたり継続し、発展し続けているという。これはガデンの意図すら大きく上回るものである。
通常、アートのワークショップでは芸術家が去ったあとに活動が継続することは稀にしかないため、上記の結果は非常に貴重な事例である。2000年代以降はフリー編集者として取材対象との対話を重視した林もまた、ワークショップ対象者が自発性を発揮できるよう促してきた、「利他的な編集者」の文字通りの体現者であるといえる。
「ファッション・ワークショップという経験」
「ファッション・ワークショップ」は、ファッションを消費から切り離し、「共同の場」としてのファッションとして問い直すことができるものなのではないだろうか。直接身につける物質を通し他者と交流するファッション・ワークショップは、布地が肌に触れるという情動的経験も、自発的な参加を促す助けになるものである。今回の浦安藝大における拡張するファッション演習のメインターゲットは浦安市の高齢者であるが、今後児童や高校生などの若い世代、そして障がい者に至るまで、様々な立場の参加者と交流する可能性が示された。
他者による/とのエンパワメント
参加者は「利他的な編集者」であるファッション・ワークショップ講師の働きかけによって、自発性・創造性を自己の中に発見すること、また協働するコミュニティーの場にエンパワーメントされる。またファッション・ワークショップは、布をいう身近な素材を使用するため敷居が低く、また布というやわらかで心地のよい物質との戯れによる精神的効果も非常に大きい。衣服は第一の親密な他者でもある。ファッション・ワークショップでは、個人の営みであるファッションが、講師や参加者を含めた複数人との対話という協働のプロセスを経ることによって、自分自身の身体とも出会い直すことができる方法なのだ。
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2) Activity Blanketから遊びとケアの装いを考える
「拡張するファッション演習」BIOTOPEレクチャー&ワークショップ(浦安藝大)
2023年10月20日には、アーティスト・ユニットBIOTOPEによるレクチャーとワークショップが開催された。
まず、これまでBIOTOPEの制作してきた空気で膨らむ服、小物、リサイクルダウンなどを使用した着脱可能な小物などが紹介された。彼らのテーマは「ウェアラブル・トイ」であり、彼らはこれらの作品で、欧州最大のコンペティション「ITS(イッツ)」のアートワーク部門でグランプリを獲得している。
BIOTOPEはファッションデザイナーの山縣良和氏が主宰するファッションの私塾「ここのがっこう」に通った経験のある田中優大さんとそのパートナーの田中杏奈さんによるユニットであり、またグラフィックデザイナーでもあるので、今回の「拡張するファッション演習」のリーフレットも制作している。彼らはレゴブロックと同じ6色をメインカラーにし、それらを自由に組み合わせ遊ぶようなデザインを行なった。
元来グラフィックデザイナーである彼らは、初めは服作りの経験もなく、平面をどう立体にするか、試行錯誤してきたという。縫い合わせる技術なども学んでいなかったため、どう「くっつけるか」を追求した先に、スナップボタンを利用するアイディアが生まれた。前述したように彼らはレゴブロックを参照しており、レゴなどおもちゃには「くっつけて遊ぶ」要素を持つものが多いため、自然とウェアラブル・トイというアイディアが生まれたという。
BIOTOPEによるワークショップ
今回のBIOTOPEのワークショップでは、認知症予防に良いとされる「アクティビティ・ブランケット(Activity Blanket)」の制作方法の要素を「遊び」という角度からとりこみ、すべての人が楽しめるアイテムとしてトートバックに上記のような遊戯的装飾を施す実践の機会となった。参加者はBIOTOPEが用意したオリジナルプリントのテキスタイル、カラフルなビーズやファスナー、紐などを自由に配置し、またスナップボタンで留めることで制作後も楽しく変化させることのできるバックの制作を行った。
ワークショップ参加者は、2つのテーブルに6人程度ずつ集まり作業をしたが、黙々と作業をし、対象となる制作物と向き合う時間が過ぎていった。自己の中でモノとの対話が起こるこのような時間は、装いの制作による「ケア」の実践でもあったように感じた。
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3) ローカルからコミュニケーションをひらくセレクトショップ
「拡張するファッション演習」フォーラム「循環する社会へ」(浦安藝大)
2023年10月27日、各地でセレクトショップを営むオーナー3名をお迎えして、「衣服とファッションをつくる人・売る人・着る人の循環」について考えるためのフォーラムが開催された。
ファッションにおける「循環」というと、環境負荷の高いアパレル産業の実情を考える会のように聞こえるが、今回の内容はそうではなく「衣服を媒介にした、人と人とのつながり=循環」について考える好機となった。今回参加してくれたのは、いわゆるファッションの中心地ではない、「ローカル」な場所でセレクトショップをいとなむ3名である。
人と人が交わる場としてのセレクトショップ
はじめにお話しをしてくださったのは、葉山のセレクトショップSeptember Poetryの矢野悦子さん。もともと原宿で根強い支持を得ていたセレクトショップ「Lamp Harajuku」で長年ディレクターをされてきた矢野さんは、現在は2カ月に1度程度の頻度で自宅をお店として開放しているという。あるときから都会での生活ではなく今の形の暮らしかたを実践してきたという矢野さんは、セレクトしているブランドのアーティストとお客さんとのつながりを最も大事にしている。彼らと思い描く「心地よい暮らし」を共有する場、つまり点と点としてバラバラになっているものを線でつなぐのがセレクトショップであるという。
大阪中津から浦安に来てくれた北原一輝さんは、証券会社勤務を経て現在itocaciというセレクトショップを営んでいる。彼は洋服をセレクトするだけでなく、仲間やお客さんと一緒に綿花を育てる実践を10年近く続けてきたという。北原さんの「お客さんを楽しませたい」という純粋な思いがそれを可能にしたのだろう。綿花を育てるにあたり、農家のおじさんともつながった。いまではおしゃれを入り口にではなく、農業を入り口にファッションに参与することも可能になっているようだ。
平和島でlooseというセレクトショップを営む石井大彰さんは、もともと地元出身者でもあるため、looseを地元の人が多く集まるお店として育ててきたという。「拡張するファッション演習」ディレクター西尾美也さんと大阪・西成地区の高齢者の方とのブランド「Nishinari Yoshio」を買い付けるにあたり、石井さんは「予期せぬズレ」も楽しんでいるという。特にデイリーウェアの需要が高いらしく、天然繊維にこだわりをもつ「MITTAN」というブランド(修理や染め直しなどのアフターサービスが充実した気鋭のブランド)や、残反(衣服を量産する際余ってしまう布)を利用したオリジナル製品を生産している。さらには障がい者生活実習の一貫でできるファッションの仕事(ベンガラ染めなど)を生み出すなど、地域の人々の生活に密着し精力的な活動を行っている。
地元(ローカル)でお店をつくるということ
3名のお話をうかがって、林央子さんは「ファッションは『地元(ローカル)』から抜け出すための手段だと思っていた」と述べる。
たしかに、多くのファッションブランドは都心で活動するようなイメージが未だに存在する。それは多くのグローバルなファッションショーが首都圏で行われていることに起因するかもしれない。「ローカル」の字義的な対義語は「グローバル」であるが、世界を目指すためには(よく「上京する」というように)できるだけ多種の人々と関われる(ような気がする)都会で活動し、都会に集中するマスメディアに注目され、世に発信されることが必要なようにかつては思われていたからだ。
セレクトショップから世界へ「循環」する
しかしながら、セレクトショップは井戸端会議的な人と人とのつながりがあるように感じられる。まず、客はそのショップのセンス(感覚や関心)に引き寄せられコミュニケーションをとってくる。そして、ショップ店員との会話によって、モノの背景にある作家(アーティストやデザイナー)の思いや生活を受け取る。また、客の思いはショップ店員が受け取り、作家に伝えられる。
今回のフォーラムに参加してくださったセレクトショップのオーナーはそれぞれ、その土地やそこでの暮らしに密着した取り組みをされている。セレクトショップは地元の井戸端会議の場所なのではないかと思うと同時に、いまやSNSでその魅力を世界へ届けることもできるのだと実感した。
今回、各地からセレクトショップのオーナーに集まっていただき、どこで暮らしていてもその地の魅力とともに、暮らしをあきらめることなく「居場所」としてのお店をつくることができることがわかった。西尾さんは「住み開き」という言葉を使って矢野さんの取り組みを表現したが、もちろん私たちもどこでだってやりたいことをやりたいようにやることができるはずだ。
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4) ケアの装置としての装い
「拡張するファッション演習」レクチャー&試着撮影会「魂のもうひとつの皮膚」
2023年11月3日(金・祝)、i a i / 居相 デザイナーの居相大輝さんをお招きし、レクチャー&試着撮影会を行った。
京都府福知山市出身の居相さんは、高校卒業後、東京の消防署で働いていた。人助けをしたい、人を治癒したいという思いから救急隊という仕事に興味を持ったという。勤務をつづけるなか、2011年3月11日の震災を経験し、このままだと何がどうなるかわからないという気持ちを背負うなか、悲観せず毎日を過ごすために「暮らし」に目を向けた。
震災で人々を実際に助けることもしてきた居相さんは、その後実家のある福知山へ戻り、小さな川が近くに流れる古民家に移り住んだ。家の修復をする一方で、「装い」を見せ合うような東京の生活ではなく、村の人たちの営みのなかの「装い」に関心を深めていく。
誰かにアピールする装いではない装いに目を向けた居相さんは、心が喜ぶものを選択していくことを大事にしているという。例えば散歩風景に見る草花へも興味を持ち、草木などを使い自身で布地の染色なども行なっている。震災後は多くの人がそうした理念に共感を持つようになったし、実際「ローカル」で活動しているにもかかわらず、居相さんの理念に賛同するファンはとてもとても多い。
「お返し」とそこにある美しさ
実際に東京から集落に移り住むと、村人の方々は喜んで居相さん夫婦を迎え入れてくれたという(高齢の方が多いため、若い人をおおらかに受け入れてくれたそうだ)。「何をしているのか」と問われ、「服作りをしている」と答えると、それで食べていけるのかまで心配してくれた(実際、居相さんがファッションで活動し始めたのはこの頃からだった)。食べていくことを心配し、作った野菜などを分けてくれ、こうした「顔の見える」生産-消費、手間暇かけられて作られた野菜にも魅力を感じたという。
これに対して、居相さんは自ら手間暇をかけて染色・裁断から縫製までした衣服を、コミュニケーションの一貫で「お返し」のつもりで持っていった。すると、思いがけない喜びの表情や仕草に出会った。その美しさに惹かれ、何度も作った衣服を持っていき、それを着た姿を写真に撮ってあげた。すると、それにもまた喜んでくれた。そのうち、洋裁好きなおばあちゃんとがくれた刺し子の生地を居相さんが洋服にするなど、共同作業が生まれるまでになった。
「暮らし」をつくる「今」
最近は福知山から引っ越して、パートナーとともにまた新しい場所を作り始めた。木を切るところから3年かけて、周りの村人の方々の力も借りながら、茅葺屋根の家を含む住居を作り上げた。これは「草木に囲まれて過ごしたい」という居相さんの思いから。こうして、薪を割ったりお風呂を沸かしたりする「時間」が彼の時間の中に加わった。しかし、全て古いものがいいという考えではなく、便利なものはニーズに合わせて取り入れている。
居相さんは「今」を大事にしているという。古いものだけでなく新しいものも中庸に見ていかないと、次世代の子どもたちへつながっていかないからだ。そのなかで、美しいと思えるものは大事に、子どもができてからは、忙しくしすぎない・余白をあける暮らしのスタイルになっていったのだという。
ケアの装置としての衣服
静かに暮らしていると、自分が何をしたいのかがよく分かるという居相さんにとって、没頭できるものが服だったというのはすごく合点がいくように感じられた。「人助け」をしたいという居相さんの衣服は、どんな世代の方々でも心が穏やかになるような、まさに「魂のもうひとつの皮膚」だ。居相さんの人柄や暮らし方を伺うと、自然と私自身もケアされているような気持になった。
居相さんは自身の衣服が心のケア、街にでる後押しになればいいとも語っていた。今回のレクチャー&試着撮影会に参加したお客さんたちの間には、「癒やし」の空気が充満しているように感じた。
それを見た私は、衣服は液体みたいなものでもあるのではないかと率直に感じた。私たちは生まれる前の、羊水に浸かっていた記憶を体できっと覚えている。母親からの栄養や感情を受け取る、自由で安全なあの場所。それが生まれてからは産着に代わり、成長とともにさまざまな衣服に着替えていく。人と人は衣服によって区切られる。しかし衣服の本質はくっきりと線を引いた境界ではなく、(羊水のように)ホメオスタシスを維持するケアの装置のひとつだと捉えなおしてみると、衣服による(心身ともに対する)ケアは確かに可能なのではないかと、あらためて感じることができた。
2023年度の活動とこれから
本文では触れなかったが、ディレクターの西尾美也とアーティストユニットL PACK.によるまちなか展示「浦安するファッション」も会期中に発表された。会場となったのは理髪店と美容院で、老若男女問わず装いに関わる場所である。浦安中町地域の理髪店・美容院であるCUT CLUB Top one、accorto、ばんば美容、UPPER CUT、SILVIAの協力のもと、市民の思い出にまつわるファッションアイテムが展示され、まちなかの回遊を促すものとなった。
2023年度の活動が実を結び、2024年度も「拡張するファッション演習」のプログラムが実施されている。浦安市民の方々にも認知され始め、協力関係も構築されはじめた。今後のプログラムは浦安藝大の公式ウェブサイトに掲載されているのでぜひ覗いてみてほしい。
浦安藝大公式ウェブサイト
西尾美也+林央子「拡張するファッション演習」