劇場がメディアをつくる「CIRCULATION KYOTO」

京都のまちの見方を変えるローカルメディアワークショップ

2018.4.29 ヘメンディンガー綾

2018年3月10日に開催されたメディア発表記念トーク

京都市左京区にある劇場「ロームシアター京都」が、1年かけて市民とともに京都のローカルメディアをつくるワークショップ「CIRCULATION KYOTO」を実施。2018年3月には成果を発表するトークショーが開催された。メディアを媒介に京都という土地の特殊性と、文化施設と地域市民との新しい“つなぎかた”が見えてくる。

まちの見方を180度変えるローカルメディアづくり

CIRCULATION KYOTO」は、ロームシアター京都がプロデュースする一般参加型のメディア制作ワークショップ。京都市の山科区・伏見区・西京区・北区・右京区にある5つの文化会館と連携し、公募で選ばれた市民約40名が5つのチームに分かれて各エリアの歴史や文化的背景をリサーチし、その地域にふさわしいメディアを1年かけて構想・発表した(活動のプロセスはこちらの編集日誌を参照のこと)。

京都市の地図。色が付いている5つの区が今回の対象エリア
山科区の郊外には団地が広がる(写真:成田舞)
西京区の洛西ニュータウンにあるショッピングセンター(写真:成田舞)

京都は古来より、中心部を「洛中」、周辺部を「洛外」と表現してきたが、現在でも京都で生活する市民にはこの感覚が深く根付いている。そして人々が持つ京都に対する一般的なイメージは、この洛中を中心とするエリアだ。しかし行政区画としての京都市は広く、洛外も含んでいる。本プロジェクトの活動場所となった各文化会館もまさに京都市内にありながら、洛外に位置している。
それにしてもなぜ、劇場が舞台作品ではなく「メディア」をつくるのか。プロジェクトを立ち上げた一人・ロームシアター京都の武田知也さんはこう語る。

ロームシアター京都 武田知也さん

「そもそも、当劇場を指定管理する京都市音楽芸術文化振興財団は、ロームシアター京都の他にも市内に点在する文化会館を管理・運営しています。2016年にリニューアルオープンして以来、劇場としても財団が指定管理する各文化会館と連携するプログラムを模索していたのですが、これらの文化会館の位置を見てみると、ちょうど洛外に位置するのがわかったんです。観光都市として洛中のイメージが強い京都で、洛外の地域性を可視化し、地域の特性を自分たちの言葉でつかみなおして表現できないか。そんな話を『ローカルメディアのつくりかた』(学芸出版社)を刊行したばかりの影山裕樹さんと相談しました」(武田さん)

各文化会館とロームシアター京都の位置関係
CIRCULATION KYOTOメインビジュアル。対象エリアの一つ、伏見区にある大手筋商店街(写真:成田舞)

ワークショップ参加者が考えた新しい「メディア」のかたち

こうして、プロジェクト・ディレクターに影山さんを迎え、ワークショップの企画が始まった。影山さん以外に、メディアづくりのプロフェッショナルであるアートディレクターの加藤賢策さん、編集者・ライターの上條桂子さん、京都市内で活動する建築家/リサーチャーの榊原充大さんをディレクターとして招聘し、参加者を公募。京都市内に限らず広く関西圏から応募があった。

劇場スタッフとディレクター陣によるトークショーが開催された。左から武田知也、ロームシアター京都プログラムディレクター橋本裕介、ディレクターの榊原充大、上條桂子、加藤賢策、影山裕樹(敬称略)

2017年4月のキックオフトークを経て、学生や社会人など異なるバックグラウンドを持つ約40名の参加者は、文化会館が位置する5つのエリアごとに分かれてチームをつくり、ディレクターによるレクチャー以外の日にも、仕事や学校で忙しい中、休日の空いている時間に自主的にミーティングを重ねながらメディアの制作を進めていった。そして、8月の一般公開で開催された中間報告会(こちらの映像を参照)を経てプランの修正を行い、ついに2018年3月、それぞれが考える地域にふさわしいメディアをロームシアター京都で発表。ここで、簡単に各チームが発表したメディアについて紹介しよう。

●伏見区チーム

メディア名:伏見の港デザイン研究所 .port 〈ドットポート〉

現代の港を作るアイコンとして、三十石船をイメージしたカーゴバイクを企画・デザイン(xyzcargo.com)

伏見区チームは、かつて京都と大阪を結ぶ水運の拠点として栄えた伏見港をテーマに「伏見の港デザイン研究所 .port」を立ち上げ、モノ・ヒト・文化を乗せて往来していた三十石船をモチーフにしたカーゴバイク「fushimi maar (フシミマール)」を考案した。

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●北区チーム

メディア名:振り継ぎ−未来のわたしから、あの頃の私へ

高齢者からは「二十歳の自分に贈りたいモノと手紙」を、若者からは「還暦を迎えた自分に宛てた手紙」を募り、互いに交換するためのプラットフォームとして「振り継ぎ」ウェブサイトを活用する

北区チームは洛北で生産された京野菜を洛中まで運ぶ「振り売り」という販売形態が現代も残っていることに注目。近隣のお年寄りの見守りなど、コミュニティ支援機能を持つ振り売りから着想し、北区の若者と高齢者をつなぐまったく新しい「振り継ぎ」というプロジェクトを考案した。

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●山科区チーム

メディア名:スギサール錠

山科区は、現在でも4つの電車の路線が乗り入れる交通の要衝。通勤・通学で山科を通過する人々を読者に想定

山科チームは京都と滋賀をつなぐ交通の要衝であること、京都薬科大学の薬用植物園があるといった土地の特徴に注目し、山科を通過する人を癒す薬のようなメディアを考案。「通過される」ことをあえて肯定するプランだ。今後は、処方箋袋に見立てた紙媒体の発行を目指す。

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●西京区チーム

メディア名:カゴダス

「ガチャガチャ」の中身は、西京区の施設や店で使える子供向けクーポンなど。現在、西京区内の数カ所で設置を準備している

西京チームは桂川で獲れた鮎や伝統的な桂飴を洛中に向けて行商していた「桂女」に注目。「桂女」は、こうした行商以外に巫女、助産婦、予祝芸能者など多様な役割を担っていたと諸説ある。現在、西京区にある洛西ニュータウンでは子育て世代の女性の働く場が少ないという課題がある。そこで、桂女というモチーフを活かしながら、子育て世代の女性を応援する「ガチャガチャ」を考案した。

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●右京区チーム

メディア名:うたのまちうきょうーポスト百人一首

「うたのまちうきょう」チームが提示した上の句に対して、右京区に在住の人が下の句を詠むのがポイント

紅葉の名所・嵐山の小倉山荘で藤原定家が百人一首を編纂したという史実から、短歌を通して現代の右京区に住む人々の声や、街の魅力を映し出す「うたのまちうきょう」というプロジェクトを立ち上げた。街中にポストを設置して短歌を集めたり、地元の既存メディアで連載枠をもらって短歌を募集するなどしてきた。メンバーが100首を選定して右京区の課題や魅力を引き出す現代の百人一首の編纂を目指す。

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紙やウェブではない、新しいメディアをつくる

「メディア」と言われると、雑誌やウェブマガジンなど情報発信媒体を想起しがちだ。しかし、各チームの発表を見てわかるように、参加者はみな紙やウェブにとらわれず「メディア」のかたちを拡張して捉えている。プロジェクト・ディレクターの影山さんはそもそも、ローカルメディアを「異なるコミュニティをつなぐツール」と定義している。それは一体どういうことだろうか。

プロジェクト・ディレクターの影山裕樹さん

「おしゃれなフリーペーパーや観光ウェブサイトなどの固定観念にとらわれず、本当にその地域の課題を解決したり、魅力を発信するうえで役に立つメディアを考えてもらいたかった。ローカルメディアは、マスメディアのように一方通行ではなく、その地域に住む人が活発に情報を交換し合う媒体=乗り物だと僕は考えています。地域には、様々な世代、出自、関心を持った人たちがいます。そうした多様なバックグラウンドを持った人々をつなぐのが目的です。そう考えれば、電車やバスだって活用の仕方ではメディアになりうるわけですよね」(影山さん)

こうしたメディアをつくるワークショップは、数日間のワーキングの中でアイデアを発表して終わりになることが多い。本プロジェクトは1年じっくりと時間をかけることで、その地域にあることに必然性があるメディアが生まれるところまで持って行きたかった、と影山さんは語る。

2017年8月に一般公開で開催された中間発表では各チームが担当エリアのリサーチ成果と、それぞれ考えるメディアのかたちを発表した
ワークショップの風景。様々な職業、世代の参加者が集まりローカルメディアを考えていく

日本各地で流行の兆しを見せているローカルメディア。だが、メディア本来の役割を考えながら、地域の多様なコミュニティをつなぐため、常識にとらわれないメディアのかたちを構想するワークショップはそう多くないだろう。また、影山さんは「異なるコミュニティをつなぐ」ために、積極的によそ者が関わる意義についてこう語る。

「僕や加藤さんや上條さんは、もともと京都にそれほど縁がない。でも、よそ者の視点が入ることは大事です。地元の人では見えない地域の課題や魅力を発見できる。実は、参加者のみなさんもそう。京都には住んでいるけれど、伏見区や山科区など、京都の『洛外』には縁がない人が多い。そういう半分よそ者で半分地元の人、それから完全によそ者、地元の人が一緒になって地域を考える。このプロセス自体が『異なるコミュニティによる協働』でもあるんです」(影山さん)

今回プロジェクトに参加した人々は、担当エリアに住む人もいれば、まったく接点がないなど、対象地域との距離にはグラデーションがある。そんな参加者たちの活動を見守ってきたディレクターの一人、上條さんも、1年間を振り返りこう語る。

編集者・ライターの上條桂子さん

「実際に地域に暮らしている人が一番コアだとすると、そのチームに入って取り組んでいるよそ者が次のレイヤーとしてある。私たちはさらにその外側から客観的にプロジェクトを見ていたのですが、そのグラデーションの幅がいい意味で機能していたと思います」(上條さん)

また、デザイナーや編集者、まちづくりNPOで働く人など、各々が持つスキルもさまざまだ。普段、東京でデザインの仕事をしている加藤さんは、この雑多な人材が集い「紙やウェブにとらわれない」メディアを一から考えたことについて、こう振り返る。

アートディレクターの加藤賢策さん

「ここで初めて出会った人たちでつくる偶然性もあって、クライアントから依頼され、あらかじめメディアのかたちが決まった状態でデザインする普段の仕事では味わえない、自分たちの予想を超えたメディアが生まれた。ある意味、普段、僕らに必要とされるクリエイティブのスキルが通用しない局面もあるのがローカルメディアの醍醐味だなと感じました」(加藤さん)

4人のディレクターのうち、影山さん、加藤さん、上條さんは東京在住。一方、唯一京都在住の建築家/リサーチャーの榊原さんは、どのような視点でプロジェクトに関わったのだろう。

「国立奈良文化材研究所の恵谷浩子さんにアドバイスをもらいながら、ひとつのダイアグラムをつくりました。今回対象となった5つのエリアは、鷲田清一さんの言い方にならえば地方(じかた)でも町方(まちかた)でもない。地方と町方(中心地)の間にある地域、洛中と洛外をモノと文化でつなぐフィルターのような役割を担っていると考えました」(榊原さん)

建築家/リサーチャーの榊原充大さん
(c) Hiroko Edani, Mitsuhiro Sakakibara

古くより、周囲を山に囲まれた京都では、その際(エッジ)にある地域の人々が近くの山や遠くの海から取れた一次産品を加工し、洛中に届ける役割を担っていた。逆に、洛中の雅な文化を洛中から洛外―日本全国へ運ぶ担い手でもあった。洛中ではなく洛外、という一方的な見立てではなく、京都と外をつなぐ外縁部に位置する各エリアの特色を掘り起こすための補助線とした。

劇場がなぜメディアをつくるのか

一方、今回のプロジェクトがユニークなのは、主催者がまちづくり団体や行政などではなく「劇場」という点だろう。「CIRCULATION KYOTO」の参加者は1年を通してリサーチやヒアリングのため劇場の外で活動を展開してきた。それはある意味「劇場が街に出ていく」ことに他ならない。ロームシアター京都の武田さんはこう語る。

「既存の劇場のあり方に頼らず、メディアづくりというクリエイティブな視点で街を眺めることで、今後、劇場が手がける舞台芸術に資することがでできないか、と考えました」(武田さん)

ロームシアター京都 Photo: Shigeo Ogawa

本来劇場は客席と舞台があり、完成された舞台芸術を人々が見に来る「目的地」だ。しかしこのプロジェクトには「地域の課題を考えるプラットフォーム」という副題がついている。目的地でもあり、出発点でもある「プラットフォーム」という言葉を選んだ意味について、同劇場の様々な自主事業ラインナップを決めているロームシアター京都・プログラムディレクターの橋本裕介さんはこう語る。

「劇場に来る、という一方通行ではなく、どうすれば劇場が根ざす地域との間で双方向のベクトルが生まれるのだろうと考え、『プラットフォーム』という言葉を選びました。ある意味劇場は芸術という世界の象牙の塔を象徴するような場所でもあります。しかし、舞台に興味のない市民の方に開かれた場所でありたい。そういう願いを込めて、市民とともに『地域の課題を考える』というフレーズに行き着きました」(橋本さん)

ロームシアター京都 プログラム・ディレクターの橋本裕介さん

実際、演劇やアート作品ではなく、ローカルメディアをつくるというプロジェクトを通して、ロームシアター京都に興味を持った市民の方もいるだろう。

「参加者に最後にアンケートを取ったのですが、『今回のプロジェクトに応募して初めてロームシアター京都に来た』という人が多かったのに驚きました。私は個人的にアートや演劇を観ることが好きなのですが、普段出会えないコミュニティの人たちと出会えたことはとても刺激的だったし、改めて劇場が様々な市民に開かれるプロジェクトを行う意義を感じましたね」(上條さん)

3月10日のメディア発表記念トークでは、現在進行中の各チームのメディアプランをロームシアター京都で発表した

劇場が作品を制作するのではなく、演劇やアートという領域とは異なる人材と協働し、メディアをつくる。こうした市民参加型のプロジェクトこそが、箱物行政で乱立した各地の公共ホールやミュージアムのあり方に新しい風を吹き込んでくれるだろう。そして「CIRCULATION KYOTO」はここで終わりではない。2年目には、メディアづくりを通して生まれた人的ネットワークやまちに対する視点を生かし、劇場の本来の姿である作品制作をアーティストを招聘し行うという。街に開かれた劇場のひとつのあり方として、今後も「CIRCULATION KYOTO」に注目していきたい。

マップ

ロームシアター京都×京都市文化会館5館 連携事業 地域の課題を考えるプラットフォーム

「まちの見方を180度変えるローカルメディアづくり~CIRCULATION KYOTO(サーキュレーション キョウト)~」

HPhttp://circulation-kyoto.com/

プロフィール

CIRCULATION KYOTO

京都市の右京区、山科区、伏見区、西京区、北区を舞台に、公募で集められた約40名の参加者が主体となり一年かけて開催されたメディアづくりワークショップ。京都の”ローカル”を探りながら、各地域に最適な“メディア”を5つ構想・制作した。

ライタープロフィール

ヘメンディンガー綾(Aya Hemmendinger)

地域情報誌、ファッション誌のエディターを得てフリーに。2009年にUターンし、関西を拠点にアート、デザイン、暮らし、ソーシャルイノベーションなどの分野で執筆・編集に携わる。和歌山の若者と街をつなぐ「ARCADE PROJECT」実行委員。

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