福島の「地のデザイン」をめざして

10年目のヘルベチカデザイン

2022.2.14 三島早希

2021年の8月に10年目を迎えたヘルベチカデザイン株式会社は福島県郡山市にあるデザイン事務所。福島という土地に根差した「地のデザイン」を目指すヘルベチカデザインは、デザインの枠を超えた活動によって注目される存在だ。

ヘルベチカデザイン代表の佐藤哲也さんは一般社団法人ブルーバードを2018年6月に立ち上げ、その後2019年2月、築45年の4階建ての空きビルをフルリノベーションし、まちづくりの拠点として「Blue Bird apartment.」をオープンさせた。なぜ、デザイン事務所がビルをリノベーションしたのか?デザインとまちの関係とはなにか?これまで10年間の活動と今後の展望について話を伺った。

郡山駅から徒歩10分ほどの場所にあるBlue Bird apartment.

アパレル出身のデザイン思考

東日本大震災後の福島でいち早く課題解決型のデザインに取り組んできた佐藤さん。実はデザイン業界に入る前はアパレル業界に身を置いていた。自身もファッションが大好きだったという佐藤さんは、浪人を経て上京し、学生をしながらアパレル企業でアルバイトを経験、卒業後も数年間働いていたという。

「アパレルでは学生のときからプレス業務とMD(マーチャンダイジング)、あとは店舗の陳列の設計といった業務を担当していました。いわゆる販売スタッフではなく戦略の部分。当時は古着とコム・デ・ギャルソンを織り交ぜたりとか、ストリートファッションにハイブランドを混ぜるスタイルを好んでましたね」(佐藤さん)

時代は90年代のドメスティックブランドブームに沸く東京。熱気に満ちたファッション業界の現場で流通や経済のシステムを学んだ経験は、総合的な課題解決のためのデザインを指向する現在の佐藤さんのスタイルの基礎となっている。

「当時は裏原ブーム全盛期で、明治公園とか代々木公園で友人とフリマしたりしていて、レアなTシャツが1枚3万円、そういう時代でしたね。携帯がなかったからアナログで情報を取りに行って、face to faceで貴重なものを取引するっていうのが、すごく面白くて。雑誌でしか情報を得られない時代だった。アパレルでは広告とか商品を雑誌に出す側の仕事を主にやってたんだけど、作る側はもっと面白いのかなと思ってグラフィックデザインの会社に入りました」(佐藤さん)

デザイン業界のエリートじゃないからできること

こうして未経験だったデザイン業界に飛び込む。しかし数年経つと、デザイン業界に対して課題を感じ始める。

「ぼくらの世代の美術大学って、学問としてのデザインやテクニックを磨いて、広告的な立場で役割を担うことが多かったと思う。僕はその業界に横から入ってきた感じ。経済学部出身でアパレルに携わってビジネスの現場を知っていて、そうすると、流行のつくり方だとか流行が仕組まれる社会構造が見えてきた。そんななかでデザイナーとして自分自身の役割に疑問を感じていました」(佐藤さん)

30歳を機にフリーランスに転向した佐藤さんは、東京と福島の二拠点でデザインの仕事をこなす中で、東京と地方のデザインに対するリテラシーの差を実感する。

「クライアントに、そもそもなんでデザインが必要なんですか?と聞くと、そんな質問もされたことないんで答えられない。さらに聞いていくと、本質的な課題はパッケージデザインじゃないっていうことがけっこうある。デザイナーに求められていることは、表面上のデコレーションではなくて、クライアントが抱えている様々な課題を見つけ出すことだと思うんですよね。表面が美しくても経営や課題は解決しない。デザイナーが活躍していくためにはしっかりと課題を解決していくような成果を積み上げ、デザインの価値を多くの人に理解してもらう必要があると感じた」(佐藤さん)

「デザインからまちづくりを」震災後にヘルベチカデザインを設立

2011年3月の東日本大震災をきっかけに、佐藤さんはデザイナーとして地元福島でなにができるのかをより強く意識するようになったという。東京のようにデザイン会社がたくさんあるわけではない福島では、復興を後押しする重要な予算(補助金)があったとしても、東京などの大企業に依頼が流れてしまい地元のデザイナーが孫請けのような立ち位置で地元のお仕事を受けざるを得ない構造があった。そこで福島に拠点を持ちながら地元の課題は地元で解決していくため、同年8月にヘルベチカデザインを設立。手探り状態だったヘルべチカデザインにとってターニングポイントとなったのが震災直後の2012年に手掛けた石川町の大野農園という果樹園とのプロジェクトだった。

10年前にヘルベチカデザインが手がけたロゴマーク、白い箱はいまでも大野農園で使われている

「震災直後に地元でお世話になっていた建築家さんに、のちに大野農園のオーナーになる人を紹介されたんです。もとは東京でファッションモデルをやっていた方で、実家が果樹園をやっていたんだけど震災の影響で売り上げも大きく下がり、今後の行く末が不透明だったころ、長男である彼が福島にUターンをして大野農園を再生していくんですよ」(佐藤さん)

未経験の農業界に飛び込んだ大野農園の若手オーナーのもと、ヘルべチカデザインはロゴやパッケージのデザインのみならず、新規事業サポートから販路開拓まで、経営に併走するかたちでデザインに取り組んでいった。

「例えば桃の箱。それまでの大野農園さんは既製品の箱を買っていたんです。茶色くて『福島の桃』と書いてあるだけの箱だとどこの農園でつくったかわからない。そこで僕達は、大野農園とひと目でわかるような出荷箱をつくりましょうと提案したんです。鮮やかなピンクの桃が、鈍い茶色の段ボールに入っているなんて勿体なすぎるので、鮮やかさを濁らせないよう、中も外も真っ白な出荷箱を提案しました。箱を開けたときに、香りとあの色合いによって感じる美味しさって変わるじゃないですか」(佐藤さん)

その他にもオリジナル商品の販売戦略から一緒に考え直し、今後は観光農園にしたいという大野農園の意向を受けて、お土産屋さんやJRの販売所へ営業を拡大した。

「やはり『売り場』が農園とお客様と出会う場なので、そこから農園の活動や思いなども知っていただける。そのタッチポイントを様々な場所につくることでこれまで大野農園に関心のなかった方たちがファンになり、そのコミュニティがどんどん外側に向け広がっていく。時間もかかり地味だったけれどそうやって信用を積み上げてきました」(佐藤さん)

農業や水産業、「ローカル」にとってのデザイン

その後大野農園さんはNHKにも取り上げられ知名度が急上昇。2012年頃の福島では一次産業の現場にデザインが掛け合わされることはまだ一般的でなかった。そんな中でいち早く農業の再生をテーマに取り組んだヘルべチカデザインは地元で徐々に注目を集めるようになる。

そんななか、佐藤さんは生産者や企業といったクライアントワークだけでなく、より地域や暮らし、ライフスタイルを生み出していく場を持ちたいと考えるようになっていったという。

「自分自身はデザイナーという視点から経営改善や課題解決に繋がるような様々な提案をしてきているわけですが、結果として『お前、なんの事業もやっとらんじゃん!』と言われるのがとても恥ずかしくなるじゃないですか。現場のリアルな痛みや課題も頭では分かっていても体感として得られていないというのは結果的に他人ごとのようになってしまうなと。それよりは、自分たちも夢を持ってリスクを取り、地域のデザインを押し上げる活動をするべきと思い、Blue Bird apartment.をつくりました。ここでは、デザインに触れ合えるきっかけになる場づくりであったり、地域や人を繋ぐような仕掛けをおこなっています」(佐藤さん)

場づくりの実践:ブルーバードアパートメント

郡山駅から徒歩10分ほどのところにある築45年の4階建てビルをフルリノベーションしたこの空間は、1階に喫茶室、2階にヘルベチカデザインのオフィス、3階に賃貸クリエイターズオフィス、4階にシェアキッチン付イベントスペースを持つ。また、地域大学や行政と連携した企画の拠点とすることで、若い方からお年寄りまで幅広い人々が立ち寄る交流の場になっている。

1階のブルーバードアパートメント喫茶室の店内

地域に開かれたスペースとして特に重要な機能を持つのが1階の喫茶室だ。地元食材が中心ではあるものの、県内外に捉われず、全国にある「日本の美味しい」をテーマに新しい発見を提案するメニューを精力的に開発している。旬を活かしたパフェなど季節限定のメニューも多く、カフェの情報を発信するInstagramのフォロワーは7千人を超える。

「やっぱりその地域のにおいとか、雰囲気ってあるじゃないですか。出張であちこちの地域に行きますが、同じカフェでもエリアによって雰囲気が全然違う。郡山ってまだ100年経ってない町なんですけど、でも人口は33万人もいて、デカい企業が多いから、サラリーマンや首都圏からの転勤族のような方たちが多く住んでいて、テイスト的には都会の人なんです。ローカル感だけではなく、この地方都市にフィットする快適な空間を醸し出したかった」(佐藤さん)

老舗の地元パン屋とコラボレーションした喫茶メニュー
TOUN(トウン)のイベント

喫茶室には佐藤さんとつながりのあるブランド、アーティストの家具や商品、フライヤーなどが置かれた一角もあり、喫茶室という枠組みを超えて多様な出会いが生まれる可能性を持った空間となっている。たとえば2021年夏は2日間限定で、アパレルブランド、オールユアーズの試着会会場にもなった。他にも奈良のスニーカ―ブランド、TOUN(トウン)の受注会や福祉実験ユニット、ヘラルボニーの展示会も過去に開催しており、ヘラルボニーの商品は現在も喫茶室で購入が可能だ。

観光PR事業に転換を:こおりやま街の学校

「こおりやま街の学校」

また最近では行政と連携したプロジェクトも多く手掛けている。そのひとつが福島県郡山市のシティプロモーション事業の一環である「こおりやま街の学校」だ。2020年にヘルべチカデザインが企画・ディレクションを担当することになったこの事業は、自分たちの住む街を自分たちで楽しみながら地域を盛り上げる地域プレイヤーを増やしていくことを目的にしている。「ソトコト」編集長の指出一正さんをはじめとする全国各地で様々な地域活動を手がけるゲストを講師に招き、様々な視点で街の魅力や可能性を再発見していくカリキュラムとなっている。

「これまで行政が行なってきた市のプロモーション事業というのは、わかりやすく首都圏に向けテレビCMをつくるとか、大手雑誌とタイアップをしたキャンペーンをするなどのことが主流だったけれど、きっと市民はそんなことに税金を使って欲しいなどとは求めていないはずだし、すごいギャップがあるなぁと思うんです。そこで提案したのが、市民と行政が一緒になりワクワクする街をつくっていく、『こおりやま街の学校』です」(佐藤さん)

「こおりやま街の学校」は好評を博し、従来のシティプロモーション事業のあり方を転換した事例として県内にとどまらない反響を生んだ。その結果として2021年度からはより大きな企画として第2弾がスタートした。

「いろんな講師の方たちに来てもらって郡山をどう見立てるのか、郡山市の人たちと一緒に考える場づくりがA面。実はB面もあって、それは市の職員の方々とともに参加者の声や思いに耳を傾けて、これからの行政主導のプロモーションはどうあるべきかや、情報を発信していく方法を意図的に変えていくこと。行政の方たちも数年で部署異動があるので、それを前提に職員内のコミュニティや相談し合える関係をつくれる行政マンを育成していくこと。行政の人たちが『街の学校』に立ち会うことで、今後どんどん地域や市民のニーズを汲んだ事業が増えていく。それでようやく地元の要望にコミットできるPRに方向が変わっていくと思うんですよね」(佐藤さん)

今後の地域とデザインの分野では、ますます地元に密着してニーズをすくい上げていく仕事が増えていくだろうと語る佐藤さん。ヘルべチカデザインは現在も行政と連携したプロジェクトとして県内中心市街地の空き家の利活用や農業まで幅広い案件を抱えている。

「デザインで遊ぶ」次のフェーズ:新プロジェクトPOOLSIDE

POOLSIDEのロゴマーク。デザインはNoritake

最後に佐藤さんの今後の展望として、2021年6月15日に「プール開き」されたばかりの新プロジェクトPOOLSIDEについて聞いた。これまで東北の課題解決型デザインを牽引してきた佐藤さんが目指す、次のフェーズは「デザインで遊ぶ」ことだという。

「これまであれこれ言ってきたけど、デザインの終着点は課題解決ばかりじゃないとも思っています。見渡してみるとどこもかしこもデザインは課題解決だ!と言い出してとても退屈じゃないですか。本来、デザインというのは暮らしを楽しく豊かにしていくもの。次のフェーズは、デザインを心から楽しめるかどうかの指標が大切だと思っていて。例えば、自分が愛してやまない地元のとんかつ屋さんのTシャツを勝手につくっちゃったり、そういう遊びを持ったグラフィックの使い方と表現で人や地域の共感を生み出して、それをどんな形で活動資金に変えていくかの仕組みを考えています」(佐藤さん)

ヘルベチカデザインでまちづくりの主戦場を文字通り「泳いできた」佐藤さんではあるが、それにしてもなぜ、プールサイドなのだろうか。

「僕ほんとに泳げなくて、小学校のとき、水泳の授業がめっちゃ嫌だった。一分一秒を争うのはすごく性に合わなくて、なんか、いいじゃん、競争しなくてもちゃんとプールに入ってるしちゃぷちゃぷしていれば、と思っていた(笑)。プールサイドで、ジュースを飲みながら楽しんでいるみんなを見ている方が、マイペースでいいなって。福島ってまだ復興の文脈もあるし、今をどう戦い、乗り越えていくかという感覚がどんな分野にも広がっているからこそ、遊び心のような感覚を広げていきたいですね本当に」(佐藤さん)

デザインを起点にまちとひとをつなげ新たな流れを生み出していくヘルべチカデザイン。ストイックに泳ぎつつもときにマイペースに遊ぶ佐藤さんのアプローチは、EDIT LOCALが探求する「まちの編集」を考えるためのひとつの手掛かりとなるだろう。

マップ

Helvetica Design inc. “ヘルベチカデザイン株式会社”
福島県郡山市のデザイン会社。福島という土地に根差した「地のデザイン」を目指し2011年設立。2018年には代表の佐藤哲也さんが一般社団法人ブルーバードを立ち上げ、築45年の4階建てビルをフルリノベーション。同社のオフィスをはじめカフェやコワーキングスペースも入るブルーバードアパートメントをオープンした。

プロフィール

佐藤哲也

ヘルベチカデザイン株式会社代表取締役。一般社団法人ブルーバード代表理事。クリエイティブ研究室「POOLSIDE」ディレクター。1974年福島県須賀川市生まれ。

ライタープロフィール

三島早希(Saki Mishima)

1999年生まれ。国際基督教大学教養学部在籍。EDIT LOCALインターン3年目。性愛関係や血縁関係、婚姻関係を基盤とするものだけでない、多様な親密圏、共同体、コミュニティのあり方に関心がある。

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