旧市場に再び息吹を与える「東加古川軒先市場」

狙いは日常。仕掛けは非日常。

2023.9.13 中野広夢

祭りの後の静けさといったらない。空前の地方創生ブーム。各地でイベントは増えたものの、それはあくまで非日常に限られたものであり、開催前後は寂しいものだ。暮らしの大半を占める日常を豊かにするために、土壌である街をどのようにデザインするべきか。そのヒントが「東加古川軒先市場」にはある。

兵庫県加古川市は人口約26万人を有し、大都会ほどの規模ではないものの田舎でもない、いわゆる”地方都市”。2000年代以降、電車での移動がより便利になり、より楽に、より利便性を追い求めた結果、「都市へのアクセスが良い」が街の魅力として真っ先に挙がるという、個性を失いつつあったように感じる加古川だが、ここ最近はやや風向きが違う。日常に変化を与えるマルシェイベントをはじめ、暮らしの豊かさを再定義する試みが街のあちこちで見られるようになってきた。

今回は、在し日の市場文化を地域に再実装し、日常の風景を豊かに変えつつある「東加古川軒先市場」について、背景にある想いを仕掛け人である「kaku°-Coffee stand & Gallery space-」オーナーの西嶋輝さんに伺った。

JR東加古川駅から徒歩5分の場所にある「kaku°-Coffee stand & Gallery space-」。

街へ繰り出す一杯を、このスタンドから。

市内有数の人口を誇る平岡町。JR東加古川駅から徒歩10分圏内の地域住民の生活動線上に、かつて、昔ながらの市場があった。

「幼少の頃の記憶ですが、市場の様子は今でも鮮明に思い出に残っています。魚屋さんやパン屋さんが並んでいて、よく親の買い物に一緒に着いて行ってお店の人と喋っていました。東加古川総合市場の入口にはなぜかインコがいて、ずっと鳴いていたのを覚えています」(西嶋さん)

過去を振り返りながら話してくれたのは、「kaku°-Coffee stand & Gallery space-」のオーナーの西嶋輝さん。この地域で生まれ育ち、市外でデザイナーとして働いた後26歳で独立。地元加古川市にUターンしデザイン事務所「and」を立ち上げた。主な仕事のクライアントは市内の事業者で、企業ロゴのデザインやポスターデザイン、焼き菓子のパッケージデザイン、Webデザインと幅広く手掛ける。

デザイン事務所「and」代表、「kaku°-Coffee stand & Gallery space-」オーナーの西嶋 輝(にしじま あきら)さん。(写真提供:カメラのアサヒ 加古川)

「独立のタイミングで加古川に帰ってきて、生まれ育った街の風景が変わっていることに気づきました。かつて市場があったこのエリアは、ほとんどのテナントのシャッターが下りており、何とかしたいなという気持ちをずっと持ち続けていたんです」(西嶋さん)

いつかは地元でデザイン事務所を構えたいと思っていた西嶋さんは、ただ事務所を構えるだけでは人はやって来ないと考え、コーヒースタンドやギャラリーといった人流を生む店舗アイデアを膨らませ始める。

仕事の合間を縫って各地のカフェやコーヒーショップに足を運び、一からコーヒーを学んだ。ドリップや焙煎を学んだのち、自家焙煎にも挑戦中。(写真提供:カメラのアサヒ 加古川)

扉を開けずに軒先から注文ができ、その場で受け取れるスタンド形式であれば気軽にコーヒー片手に街へ繰り出しエリアを回遊してもらえる。その方が嬉しいなと思ってコーヒースタンドの形にしました。(西嶋さん)

そして去る2022年5月。独立して加古川に帰ってきてから9年後、幼少期の原風景の記憶に惹かれ、この地に「kaku°」をオープンした。自家焙煎豆の淹れたての香り深いコーヒーをいただけることに加え、隣接のギャラリーでは市内外のアーティストやクリエイターの個展が開かれ、アート鑑賞も楽しめる。

kaku°内のギャラリー。不定期で作品展や写真展、ワークショップなどが開かれている。

「通勤前の方や買い物帰りの方、犬の散歩ついでに寄ってくださる方など、お客さんの大半は近所の方々。コーヒースタンドはドアを開けて入らなくて良い気軽さと、軒先のベンチの居心地の良さを気に入ってくださり、日常の選択肢の一つとして楽しんでいただいています。コーヒーを片手に散歩される方はもちろん、『軒先では時間が溶ける』と、ここでゆっくり過ごされるお客さんも多いですね」(西嶋さん)

「いろんな角度から楽しめる」をコンセプトとする同店。街角で一杯のコーヒーとともに、訪れる人の視点を変え、視野を広げ、街を見つめ直すきっかけを提供している。

街を見る角度が変わる「東加古川軒先市場」

西嶋さんのゴールは「kaku°」のオープンではなく、その先にある。シャッター街となった旧市場に再びにぎわいを取り戻すことだ。

「店舗運営を考えればkaku°のことだけでも良いかもしれませんが、市場ににぎわいを取り戻すためにはそれだけでは足りません。店という『点』で考えるのではなく、エリアという『面』で考える必要があります。その結果生まれたのが、HAIR SALON artilib-アーティブ-さんとともに始めた『東加古川軒先市場』です」(西嶋さん)

近隣の商店も協力的で、エリア全体で協力しあって軒先市場を盛り上げていこうと取り組んでいる。

市場には、地域内外から集まった飲食系の出店をはじめ、クラフト作家によるアクセサリーや小物の販売、廃棄予定だった古紙を用いたノートづくりのワークショップ、苔を使ったアクアリウム「苔テラリウム」のワークショップといった豊富なコンテンツが揃う。地元商店も積極的に協力しており、近隣の写真スタジオでは気軽に家族写真が撮れるサービスを提供したり、鮮魚店で購入した魚を別の出店者のブースでフライにし、バンズで挟んでバーガーでいただいたりという、市場ならではの動線を生かした商品も人気だ。

「ありがたいことに、これまで開催した軒先市場では多くの来場者にお越しいただきました。『この場所にこんなにたくさんの人がいるのを初めて見た』と驚かれている地域の方や、『飛ぶように商品が売れて完売になりました!』と嬉しそうに話してくれる出店者の方もいます。また、市場をきっかけに以前このエリアで商売されていたパン屋さんが移転先から出店で戻ってきてくださるなど、嬉しいエピソードもありました。7月からは、これまで場所を提供いただいていたコープこうべ コープ東加古川さんも主催運営に加わってくださり、ますます勢いを増しています」(西嶋さん)

 

通りには多くの来場者が行き交い、大きな賑わいに。(写真提供:西嶋 輝)
飲食ブースだけでなく、クラフト作家さんによる出店やワークショップなども。(写真提供:西嶋 輝)

イベントによって人流をつくり、商流を生む。想いのある店が地域のアンカーとなり、起点となり、面へと広げていく。他都市の成功事例を見てもエリアマネジメントの基本的なモデルだろう。同エリアでも「kaku°」を起点に新たな人流が生まれ、日常の風景は変化しつつある。東加古川軒先市場に参加したことがきっかけで地域のお店を知り、ファンになる人も少なからずいるそうだ。しかし、西嶋さんは現状に決して満足していない。

「単発のスポットイベントだけではまだ弱い。起爆剤にはなりますが、日常の暮らしの風景は変わりません。東加古川軒先市場のにぎわいを、日常へつないでいく必要があります。現在はまだ新たな店子さんが入ってくる動きはなく、シャッターが上がっていない以上まだまだです」(西嶋さん)

直近では、周りの空きテナントのオーナーに働きかけてコミュニケーションを取り、イベント時にイートインスペースとして空間を活用。普段閉まっているシャッターを上げることで中の空間に新たな風を吹き込んだ。結果として、訪れる人たちの滞留時間が長くなり、より地域を回遊してもらう仕掛けにもなった。

空きテナントを活用したイートインスペースでひといきつく来場者。(写真提供:西嶋 輝)

「今年は年4~6回ほどの開催ですが、今後は2ヶ月に1回、毎月開催と、どんどん頻度を上げて日常に接続させていきたい。とはいえ、ただ数を増やすだけでは“飽き”が来るし、周りのお店との兼ね合いもあります。東加古川軒先市場はkaku°だけでやっている取り組みではありません。無理がないように継続しつつ、地元のお店の方々や出店者、足を運んでくださる皆様に、新しい風景と色んな可能性を感じてもらいたいですね」(西嶋さん)

オーナーとして店先に立ち、街の日常を観察し続ける

東加古川軒先市場を日常に接続させるために、西嶋さんはあることをとても大事にしていると話す。

「僕はkaku°のオーナーとして“お店に立ち続けること”を大事にしています。日常の景色は毎日お店に出て観察し続けないとわからない。日々のお客さんとの会話や、近隣のお店の人とのつながりもそこから生まれます。人となりって、会って話してみないとわからないところがあるじゃないですか」(西嶋さん)

コーヒーを淹れながら、日々エリアの日常をていねいに観察している。(写真提供:東 秀亮)

インターネットやSNSが全盛の時代であっても、人対人の関係はそうした飛び道具に頼らずていねいに積み上げ、築き上げてきた。その背景には、西嶋さんが考える市場文化の魅力がある。

「市場の良さって、ただ欲しいもの、ただ必要なものをお金を払って手にいれるという、狭義の意味での買い物にとどまらない部分だと思うんです。お店の人との挨拶であったり、立ち話であったり、そこから生まれる近過ぎず遠過ぎずの関係であったり。買い物を豊かにするおまけがたくさんある。それはやっぱり、足を運んで顔を見て、会話して、少しずつ出来上がっていくものだと思います」(西嶋さん)

イベントでは出店者と来場者の間で積極的なコミュニケーションが起こる。

kaku°や東加古川軒先市場の根底には、幼少期の西嶋さんの原体験をつくった市場文化があった。お店や仕掛けだけでなく、自分自身が日常の暮らしに接続していくために、毎朝早くから店を開け、街の風景を望む西嶋さん。その目が映す風景が今後どのようにデザインされていくのか。少し先にあるエリアの未来は、「東加古川軒先市場」で目にすることができる。

マップ

東加古川軒先市場
JR神戸線「東加古川駅」から徒歩5分の、かつて市場があったエリアにて開催されているマルシェイベント。市内外から個性豊かな出店者が集まり、過去4回の開催では多くの来場者で賑わった。
https://www.and-n.net/post/230224andkkgw

プロフィール

西嶋 輝

デザイン事務所「and」 代表
kaku°-Coffee stand & Gallery space- オーナー
兵庫県加古川市出身、加古川市在住。デザイン系専門学校卒業後、製版会社、広告制作会社を経て、加古川市を拠点にデザイン事務所「and」を立ち上げる。2022年5月に同市に「kaku°-Coffee stand & Gallery space-」を開店。オーナーバリスタとして日々店舗に立ち続けている。

デザイン事務所「and」
https://www.and-n.net/

kaku°-Coffee stand & Gallery space-
https://www.instagram.com/kakudocoffeegallery/

ライタープロフィール

中野広夢(Hiromu Nakano)

兵庫県を拠点として活動している編集ライター、カメラマン。Ropeth/ロペス代表。大学卒業後、小学校教諭、塾講師、保育士を経験。2019年からはコワーキングスペースのコミュニティマネージャーとして活動。まちづくりにも関わる。その後兵庫県播磨地域の情報誌『まるはり』の編集・取材フォトライターを経て独立。

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