名古屋から文化を発信『LIVERARY』

”ローカルカルチャー”webマガジンのつくりかた

2019.9.28 上浦未来

2013年に誕生したWebマガジン『LIVERARY』。名古屋を中心に愛知・岐阜・三重のことをさす“東海エリア”のローカルなカルチャートピックを紹介・提案している。編集、執筆、ときにデザインまで担当する共同発起人であり、企画・編集者の武部敬俊さんに、メディアの拡げ方、マネタイズについて話を伺った。

『LIVERARY』とは?

LIVERARY』のサイトを開くと、さまざまなジャンルのイベント情報を中心に、音楽、アート、映画、ライフスタイル、ファッションなどのカルチャートピックスが詰まっている。名古屋および、界隈で、まだ知られていないヒト・モノ・コトを発掘し、積極的に紹介。本来の意味でのメディアの役割を念頭に置いた活動を基軸としている。

「メディアは誰かに何かを伝えたいという思いが先にあって、初めてその存在に価値が見出されると個人的には思っています。だから、すでに売れているアーティストを紹介することは、本来のメディアとしての意味を果たしていないなと。例えば、名古屋のような地方であっても素晴らしいミュージシャンやアーティストはいて、彼らの存在を少しでも外に広げたいって思いがまずあって。さらには自分と同じような思いでイベントや展示を企画しているイベンターやキュレーターのことも応援したいという気持ちがLIVERARYのモチベーションであり、それらの情報の集積が価値として捉えられているんだと思います」(武部さん)

武部敬俊さんは、大学卒業後、岐阜のタウン誌で編集・ライターとしてのいろはを学んだ後、東京へ。ファッションやカルチャーを中心とした編集物を手がける編集プロダクションで編集アシスタントを経験し、名古屋の出版社『ぴあ中部版』(現在は廃刊)編集長から一緒に働かないかと声がかかり、再び名古屋へ。同誌廃刊を機に、デザイナーになりたいと思い立ち、小さな出版社の書籍デザイナー職へと転職。その傍ら、『LIVERARY』を仲間たちとともに立ち上げた。

武部敬俊さん。『LIVERARY』のオフィスには、オリジナルグッズの在庫も。

ちなみにこちらは『LIVERARY』を始める前にひとりで制作していたミニコミ誌『THISIS(NOT)MAGAZINE』名義で企画した、プロレスリング上で行ったライブ企画の動画(2009年)。この動画を機に同時期のインディーシーンでの活動が県内外へと広まったという。

そんな武部さんが、『LIVERARY』をはじめたきっかけは、自身で制作していたZINEなどを委託販売してもらい、長年の付き合いの名古屋のセレクト書店「ON READING」の黒田義隆さんとの会話からだった。

「地域に根ざしたカルチャーメディアみたいなものをやれば、もっと名古屋がおもしろくなるのにね。誰もやんないから、やろっか」(黒田さん)

2013年当時、名古屋は大都市にも関わらず、地域に特化したカルチャーメディアなんてものはなかった。武部さんによれば、名古屋には小さいけれども、おもしろいコミュニティが散らばっているという。

それは、例えばクラブやライブハウス、美術館やギャラリーといったカルチャーと直結した場所だけではないのが、名古屋らしさかもしれない。ラッパーやHIP HOP界隈のアーティストが集う居酒屋「大大大」、街のサイクリストたちから絶大な支持を受け、本国アメリカにも拠点を持つ自転車店「circles」、展示企画や国内外のアーティストとのコラボワークなど、ハンバーガーショップの枠に収まらない活動を続ける「KAKUOZAN LARDER」、もともとDJでありデザイナーの店主がタイで触れた文化を伝えるスタンスで開いたタイカレー食堂「YANGGAO」などなど。

みんなそれぞれに独自のスタンスでカルチャーを届け、ファンを獲得しながら、コミニュティを形成している。

さらに、名古屋だけではなく、愛知県全体でみれば、全国から注目を集めるフェスイベントが盛んなことも特徴的だろう。音楽ステージだけでなく、500店舗以上の出店者が集うマーケットフェス「森、道、市場」や、パンクから派生したDIYカルチャーが生み出した祭「橋の下世界音楽祭」がそれに該当するだろう。

こちらは、『LIVERARY』が企画した「LIVERARY LIVE“RAP”Y in 森道市場2016」の様子。呂布カルマ(名古屋在住のラッパーで現在はTV出演も行っている人気ラッパー)と鎮座DOPENESSの決勝戦は、YouTubeで230万回以上の再生数を記録している。

「『LIVERARY』を始めた当初、このまちのローカル/カルチャー的な課題点として見えていたのは、地元に住んでいる人たち自身が近くに存在しているコミュニティにしか興味がない、知ることが難しい状況だったということです。それが、名古屋や東海エリアがおもしろく見えてこない理由じゃないか、と。だから、それを伝える媒体をつくって、それぞれの動きをつないで、大きなかたまりとして発信することができればいいなと。そうすると、まず外の人たちから『名古屋界隈が何かおもしろそうだぞ』って言ってもらえるんじゃないか。そしたら、ようやく中の人たちも気づくんじゃないかなって流れを想像してました」(武部さん)

ちなみに、『LIVERARY』読者の居住地データをGoogleアナリティクスを使って調べてみた結果は、1位が名古屋、2位大阪、3位東京なのだそう。名古屋界隈におけるローカル/カルチャー情報がメインにも関わらず、こうした結果が出ていることは、武部さんが創刊時、意図していたとおりのようだ。

マネタイズはまったく考えず、スタート

運営メンバーは武部さんと黒田さんが編集を担当し、デザイナー2人に声をかけ、スタートした。雑誌や本は好きなものの、Webメディアを運営した経験者は誰もいない。そのときは、全員が二足のわらじで、ほかに仕事を持っていて、武部さん自身、出版社でデザイナーとして働いていた。

1年ほど続けるも、運営メンバーも少しずつ疲れてきて最初の勢いが失速気味に。このままだらだら続けていくだけのでは、意味がない。そこで、武部さんに白羽の矢が立つ。

「周りから『武部くん、もう会社辞めて、LIVERARYを背負いなよ』と言われたんです(笑)。ちょうどその当時のデザイナー仕事にも飽きてきたころで、やっぱり編集者のほうが楽しい!って感じていたし、『LIVERARY』をメディアとしてちゃんと育てていこうという気持ちはあったので、勢いで会社を辞めました!『食っていけるのか、どうか?』という見込みは何もなかったんですけどね」(武部さん)

そこから武部さん主導のもと、まず『LIVERARY』自体のデザインをリニューアル。ボランティアライターを募集し、記事の量も増やしたことで、一気にメディアとしても成長していく。また、当時はまだ成長途中であった「森、道、市場」の主催者インタビューを知人のつてもあって独占掲載したことをきっかけに主催者から誘われ、同フェスへの出店を試みることに。

「最初はほんと今みたいにオリジナルのグッズもなくて。缶ビール売ってて(笑)。あと、ロゴが入ったステッカーを配りまくってました。当時は、ステッカー渡しても、『LIVERARY』って何?という反応の人が多かったです」(武部さん)

そのほか、小規模なイベントなどにも出店参加し、媒体の認知を上げるため奔走した。出店費=広告費。当日の売り上げよりも、そこに重点を置いた。日々の記事更新と出店や自主企画のイベントなど『LIVERARY』としての活動を続けているうちにじわじわと広がりを見せ、実を結んでいくことに。今ではステッカーを渡して媒体の説明をしたりすると、「『LIVERARY』いつも見てますよ!」といった嬉しい反応が増えたという。

昨年、『LIVERARY』が企画・運営した名古屋市栄の期間限定ショップ「LIVERARY Extra」も話題に。こちらは2019年9月末〜11月までの2ヶ月間、愛知県岡崎市で復活オープン予定

拡げ方は、草の根的に

お話を聞いていると、『LIVERARY』の拡げ方は、かなりアナログな手法だ。イベントへの出店、自主イベントの開催、人気作家とのコラボグッズ(大橋裕之や平山昌尚など)をつくって販売するなど、Web上だけでない対人コミュニケーションによって、媒体の認知が築き上げられてきた。

本来ならば、もっと拡げるために有名人のインタビューを掲載したりすると一気にメディアとしての注目度は上がるはずだ。けれども、武部さんはあくまでインディーズやアンダーグラウンドと呼ばれるひとたちに着目し続ける。

「彼らこそ、ほんとに告知をしてほしいと思っているから。20人、30人集客規模のイベントだと、主催者が赤字なことが多い。自分自身もそうやって小さなイベントもやってきた経験があるからこそ、『LIVERARY』によってそういう人たちの集客がひとりでも増えるように、少しでも広く知らせるための装置となってサポートできたら、という思いがありますね」(武部さん)

個人主催規模のイベント紹介は基本的に無料で記事を作成し掲載しているため、まったくお金にはなっていないという。

「小規模でも良質なイベントが潰れずに続いていくことで、自分でもなんかやろう!と動き出す人が増えれば、まちが楽しくなってくる。そういった小さな動きに敏感に反応していくことは、ローカル/カルチャーを謳うメディアをやっていくうえでのおもしろみであり大切なこと」(武部さん)

街ネタや流行のキーワードを取り入れた数字狙いのメディアや、行政などと連携することを目論んで立ち上がるローカルメディアは多い。しかし、『LIVERARY』からは、伝えたいことを伝えたいという純粋なスタンスが、メディアとしての確固たる個性として伝わってくる。

「Webメディアでマネタイズする、という意味ではすごく遠回りしてると思います。SEO対策とかにお金をかけたりもしていないし、流行っているスポットとかグルメネタとか載せて数字を稼ぐみたいなやり方もしない。それは、『LIVERARY』にとってのブランディングにはまったくならないし、自分たちが興味を持てなかったり、魅力を感じないことは基本的に載せたくない。そこに嘘をついて記事を書いていても、読み手にはバレちゃうと思いますし(笑)」(武部さん)

愛知出身の漫画家・大橋裕之さんに漫画を依頼し、武部さん自身がデザインした、2016年の愛知県人権週間ポスター。Twitterで10000RTを記録したことでも話題に。愛知アドアワードという広告賞グランプリを受賞。

ほとんどの記事が無料掲載となっている『LIVERARY』だが一体どうやってマネタイズしているのだろうか。おもな収入源は『LIVERARY』をきっかけにつながりが生まれたところから依頼が来る、クライアントワークだと武部さん。

主催者や関係者のインタビューをきっかけに行政の仕事も受けている。岐阜県各務原市のシティプロモーションサイトの制作・運営、愛知県豊田市のアートプロジェクトの広報物制作などの実績がある。また、東京のカルチャーメディアからの紹介を受け、名古屋でのPRを模索していた航空会社とのコラボレーション企画も行っていく予定だ。

各務原市が運営するシティプロモーションサイト「OUR FAVORITE KAKAMIGAHARA」(写真はTOPページ)の制作・編集だけでなく、同市が主催する音楽イベントでは『LIVERARY』による企画エリアも設けられた。

武部さんは、自分からはコンペには参加しない。相談があった案件を自分なりのアイデアで打ち返す。代理店からの依頼も、内容がおもしろくなさそうという判断をしたら、やらない主義だ。以前、名古屋の中心地・栄の地下モール「Central Park」で、マルシェを開催してほしい、という依頼があったものの「マルシェはすでにいっぱいあるし、先方のイメージのものは全然やりたくなかったんで断りました」ときっぱり。

それでも、話を聞いてください! と引きとめられ、話を聞いているうちに「地下」という場のおもしろさに興味を持った武部さん。「マルシェではなくて、閉店後の誰もいない地下モールでのクラブイベントだったら聞いたこともないし、おもしろそう」と思いつき、提案。すると、まさかの「それでいってみましょう!」という返答が来た。

とはいえ、前代未聞の内容だけになかなか行政からのGOサインが出なかったという。結局、クラブイベントとは銘打たず、形としてはライブ映像の撮影会とし、来場者をすべて撮影の“エキストラ”として招く形で有言実行に至った。

ちなみに、その映像のつくりもおもしろく、参加者=エキストラたちによって撮影されたスマホの動画、SNSに投稿されたストーリーを集め編集されている。同企画には、武部さんが以前から交流のあったミュージシャンの環ROY、食品まつり、小林うてなが出演。

“1分の1”のメディアではじまった強みを生かす

武部さんの強みは、これまでに培ってきた編集力と実行力。そして、それをおもしろがってくれるアーティストたちや、ローカルで同じく何かやってやろう!と思っているいわば同志たちからの信頼だろう。

「名古屋のカルチャーに特化したWebメディアなんて、お金にならないんで、誰もやらなかったんだと思います。だから、自ずと1分の1になれた。他の人がやらないことを、自分自身を信じて続けられたとき、周りが応援してくれるようになる。その積み重ねが強みになっていくんだと思います」(武部さん)

現在の課題は、改めてメディアであることに立ち返り、媒体のなかでできることを増やすこと。

「もうちょっとメディアとしての新しい強みがほしい。それが、『LIVERARY』の次のステップだと感じています」(武部さん)

武部さんが今、興味があるのは東海地区からも距離が近い関西圏のローカル・カルチャーだという。

「名古屋や愛知の大多数の人はトヨタ系列の会社に就職して、安定した収入を得て、家族を持っていい家を建てる、みたいな現実的なライフスタイルや、右にならえ的な思考がスタンダードになってると思うんです。それは東京の方を向いている人が多いからかもしれない。それに比べて関西カルチャーは、気質がまったく違う気がしていて、勢いや粗さがあっても、おもしろさ優先で許されるようなイメージがある。そういう地域性だからこそ、独自のカルチャーが根付くんじゃないかな〜って。そんな刺激的な関西地域と、安定志向の名古屋をもっとつなげていけたらおもしろい変化が起きるんじゃないか、と何となく思っています」(武部さん)

『LIVERARY』としての役割

もちろん、この言葉の根底には『LIVERARY』として、名古屋及び東海圏のローカル/カルチャーを外へと発信していく、という命題が前提にある。

「おもしろい人の数は名古屋よりも東京や関西の方が圧倒的に多いと思いますよ。ただ、確固たる実力を持ったアーティストは名古屋にもいるし、おもしろいことは日々起こっている。それを知らずにただただ生活しているのはもったいないから、教えてあげたくなるわけで。自分が媒体をつくる上で、ローカルからの東京に対するカウンターみたいな感情はずっとあって、大きな流れに影響され過ぎてしまうと、地味だけど正しいことってのが見えなくなる。少しずつでもその存在価値を広げていきたいですね」(武部さん)

マップ

WEBマガジン『LIVERARY』
名古屋を中心に東海地方のカルチャー・トピックを紹介、提案する“ローカル/カルチャー”WEBマガジン。音楽、アート、映画、ファッション、ライフスタイルなど、多種多様な記事がアップされている。2013年11月創刊。編集者の武部敬俊さんと本屋「ON READING」代表の黒田義隆さんが発起人。さらに、グラフィックデザイナーの蛯名亮太さん、WEBデザイナーの石垣嘉洋さん、システムエンジニアの鶴野邦彦さんが加入し、コアメンバーは5人に。また、多くのボランティアライターたちが参加し、日々記事を更新している。
https://liverary-mag.com/

プロフィール

武部敬俊

フリーランスの編集者。1983年生まれ。岐阜市出身。これまでさまざまな編集プロダクション、出版社に勤務し編集ノウハウを学ぶ。本業と並行して自主制作雑誌『THISIS(NOT)MAGAZINE』を企画編集し発行。2013年よりWebマガジン『LIVERARY』を仲間たちとともに始動した。イベント、ショップ、メディア、広告物の企画・制作やプロデュース業なども行う。『BRUTUS』(「名古屋の正解」特集号)など他媒体でも執筆。

ライタープロフィール

上浦未来(Miku Kamiura)

1984年生まれ。愛知県瀬戸市生まれ。東京・神保町の小さな出版社で編集を担当し、フリーランスのライターに。旅、地域のこと界隈に執筆。2018年に地元へと戻り、瀬戸市の町歩きエッセイ『ほやほや』を立ち上げる。編集室はゲストハウスますきち。2019年7月、瀬戸市にオープンする、実の弟が開くパン屋「aime le pain(エムルパン)」の店番&広報係。

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