2021年3月、EDIT LOCALにもゆかりのある5人の編集者らが手がけた『新世代エディターズファイル 越境する編集ーデジタルからコミュニティ、行政まで』(BNN)が発売。日本全国+アジアの編集者を集めた、いままでにない「編集者見本帳」だ。本書にも収録されている編著者による座談会を刊行に合わせ特別に全文掲載する。
テレビ、新聞、雑誌、書籍といった従来のマスメディアの産業構造が大きく変化し、インターネットが発達した現代社会において、編集の活動の範囲は広がっている。本書では、編集者とは「自らを媒介に、人/歴史/産品/知/土地といった文化資源を複合させて、新たな価値を生み出す人々」と定義づけた。
そのため、本や雑誌、ウェブをつくるだけでなく、お店をつくったり、イベントをつくったりなど「編集」の枠を超えて活動する人々が増えてきた。その目的も、地域のプロモーションや新しいコミュニティづくりなど、幅広くなっている。本書は、星羊社、真鶴出版、『br』の発行元であるLOCAL STANDARD、アタシ社、LIVERARY、TISSUE inc.、まちの編集室、アイデアにんべん、HAGI STUDIO、コラムの寄稿者である小松理虔氏のヘキレキ舎などEDIT LOCALにゆかりのある編集チームも数多く取り上げているので、読者諸氏にはぜひ手に取ってもらいたい内容になっている。
そこで、これまでにない編集者の見本帳をつくるにあたって、「クライアントとの関わり方は?」「どこまでが編集と言えるの?」など、本書の編著者が考えている、編集者のあり方や気になるトピックを語り合った。
※『新世代エディターズファイル 越境する編集ーデジタルからコミュニティ、行政まで』(BNN)に収録された座談会のテキストを一部加筆修正のうえ全文掲載しています。
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編集者の守備範囲はどこまで?
須鼻美緒(以下、須鼻) これまで、デザイン見本帳や広告見本帳などの本が出版されたことはあったけれど、編集者の見本帳ってあるようでなかったですよね。そもそも編集っていう言葉がわかりづらいなと思っていて。私自身、香川にIターンして雑誌や書籍を編集していたのですが(瀬戸内人)、特に地方では出版に関わる人も少なく、自己紹介しても伝わりづらい職業だなぁとひしひしと感じてきました。みなさんは「編集」という言葉にどんなイメージをもっていますか?
桜井 祐(以下、桜井) 僕は2016年に東京から縁もゆかりもない福岡に移住して、友人と一緒に会社を立ち上げたのですが(TISSUE Inc.)、紙媒体の編集だけでなく企業のブランディングなども手がけるようになってきていて、一言で編集というとむずかしいですね。僕はなんとなく「土地の歴史や産品といった文化資源を複合させて、文脈を演出する媒介」と定義づけています。ちょっと広すぎますかね……。
影山裕樹(以下、影山) 一言でいうとそうかもしれないですね。僕は『ローカルメディアのつくりかた』(2016年、学芸出版社)の出版、ウェブマガジン「EDIT LOCAL」の立ち上げを経て、2018年に各地でプロジェクトを起こすための会社を設立しました(千十一編集室)。土地の歴史や産品といった文化資源って見失われがちで、特にインターネットが発達して以降はあらゆるネタがSNS上で拡散するので、発信力の弱い(とはいえ潜在的には地域固有の)価値が淘汰され、全国どこも国道沿いの風景の「コンビニ化」が加速しているという危惧があります。そんなときに文化や歴史を掘り下げる編集者の役割が重要なのですが、僕や須鼻さんや桜井さんのような紙媒体でキャリアを積んできた編集者と違って、インターネット発達以降にキャリアをスタートした瀬下さんはどう考えますか?
瀬下翔太(以下、瀬下) 僕は新卒でIT系のウェブメディアに就職しましたがすぐドロップアウトしてしまい、島根県の津和野町に地域おこし協力隊としてIターンしました。移住してから町内のウェブメディアを運営したり、フリーペーパーをつくったり、編集の仕事をほぼ我流ではじめました。それでもどうにかなっているのは、十代の頃からブログに文章を書き、SNSを通じてできた仲間と同人活動を続けてきたからです。自分のようなSNS以降の編集者に共通点があるとしたら、コミュニティづくりを重視することかなと思います。オンラインサロンや定期購読マガジンを自分のメディアとして立ち上げ、そこに集う読者をファンとして育てていく。良くも悪くも、価値観の近い人に向けてメディアを運営している人が多いと感じます。
石川琢也(以下、石川) みなさんと違って僕だけ編集者ではないんですが、2019年度まで山口情報芸術センター[YCAM]という機関に務めていた関係で、テクノロジーやデザインを用いたコミュニティづくりを研究テーマに、現在は京都の美術大学で教員をしています。コミュニティづくりで思うのは、アートや音楽でも、◯◯好きという小さな集まりがコミュニティのうえに多様にあり、それらがゆるくつながってる状態は大事ですね。そういう場を生み出して継続して運営していくスキルというのが、編集者にかかわらず地域で活動していくうえで重要だと思います。
行政や企業とクリエイティブ人材の関わり方
桜井 一方で、お金の出どころなんですが、地方でメディアを立ち上げてもマネタイズがむずかしいですよね。僕は福岡に来る前から企業に依頼された冊子をつくったり、スペースを運営したりする機会が多かったので、自然といまも企業や行政から直接受託することが多いんです 。行政側もデザイナーや編集者といったクリエイター層を積極的に活用していこうという流れがあって、そういうクリエイティブに対する共通認識がある企業や自治体とのコラボレーションはやりがいがありますね。
須鼻 香川に来てから『せとうちスタイル』という雑誌の編集部で働いていたのですが、取材をきっかけに、瀬戸内の企業からコミュニケーションツールの制作などの相談をいただくことがよくありました。取材を通して培われた信頼関係が、次の仕事につながっていくという感じでしたね。編集部として、行政主体の大きなイベントのウェブサイトのコンテンツ制作に携わったこともあります。
石川 行政はクリエイティブ業を担う部署がないので、デザインワークを判断する人が育ちづらいですよね。僕がいたYCAMは市の財団が運営する文化施設ですが、InterLabの存在が特徴的です。InterLabはアーティストや研究者、デザイナーなど各分野の専門家たちとコラボレーションしながら、リサーチや実験、アウトプットまでをYCAM内部で行う部署です。市の文化予算だけでなく助成金や科学研究費、入場料など複数の予算を確保し、外部に依頼するだけでなく、さまざまな専門性をもった内部スタッフとともにアート作品やワークショップ、広報物などをつくることが可能でした。自治体は、YCAMのような施設を新たにつくることはむずかしくても、直営の施設の中にクリエイティブワークを担う専門の部署をつくることはできるのではないか。そこに、適切に仕事を取り回すことができる、編集者的な存在がいれば心強いのではないかと。編集者を軸に、都市に集中するクリエイティブな人たちを地方行政にいかす構造が、もっと出てくるとおもしろいですね。
影山 佐賀県の「さがデザイン」だとか、神戸市のクリエイティブディレクター制度など、行政とクリエイティブという一見水と油のような存在がマッチングする例も少しずつ増えてきているように思います。さっき話に出ていた地域の文化的な価値、お祭りとか食文化とかって、すごくいいものなのに発信力が弱いがために若い人が集まらず、コミュニティが高齢化して、いずれなくなってしまう。そこにクリエイティブなスキルをかけ合わせる価値はまだまだあると思います。僕が各地で開催しているワークショップシリーズ「LOCAL MEME Projects」もまさに、クリエイターと地域をかけ合わせる事業やコミュニティを生み出すことを目的としています。
ジェネラルなディレクション力
瀬下 みなさんのお話を聞いていて、改めて編集者の守備範囲の広がりを感じました。僕自身もいわゆる編集の仕事以外に、島根で高校生向けの下宿を経営したり、東京のお香屋さんと一緒にお線香のサブスクリプションサービス「OKOLIFE」の企画・運営をしたりと、紙媒体全盛の時代の編集者像とはかなり異なる動き方をしていると思います。いまは便宜上、編集者・ディレクターと名乗っていますが、編集者ってどういう存在なのかわからなくなることがあります。
須鼻 私は瀬下さんがディレクターとも名乗っているところに共感します。私はもともとは東京の出版社で書籍をつくる仕事をしていたのですが、そのうちkusakanmuriというお花屋さんを立ち上げることになって、ディレクター的な立場で企画・運営していました。私が感じるのは、書籍の編集って読者の目線に立つ必要があるんですよね。それってある種のジェネラリストで、ジェネラリストだからこそどんなジャンルや客層にも対応できる気がします。
石川 僕がいた山口市は音楽を聴ける場所が少なかったので、日常的な空間を音楽で満たしてみようと思って。JR西日本とコラボレーションして電車内でのライブを敢行したのですが、企画、運営、広報だけでなく、行政やJRとの交渉がめちゃめちゃ大変でした。結局、全部をやる覚悟が大事なんじゃないですかね。
桜井 全部やるっていうのはめちゃくちゃ共感します。僕も石川さんのいたYCAM内に期間限定でオープンしたハンバーガー屋の運営を手伝っていたのですが、スタッフの管理から会計までやって、もはや編集者って言っていいのかって思いました(笑)。逆に、プロモーションを軸に全部やるのは広告代理店の仕事だったけど、これからは編集者が代理店的な機能を内包できるようになる時代だと思います。
影山 編集者はメディアをつくる存在だから、当然、情報発信に強い。僕は編集者って、特定の客層の立場に立って、さまざまな角度から斜めに見ることに長けている存在だと思います。しかも、これでもかと満足するまでリサーチしてコンテンツを捻り出す。この辺はコンテンツそのものをつくる編集者と、そこにクライアントをマッチングする広告代理店との違いかなと思っています。近年のUX/UIデザインにも似ていて、さながら良質な読書をするように、お客さんが満足するリニアな体験を生み出す存在。そういうクリエイティブディレクション力をもった編集者が、今後まちづくりの主役になっていくといいなと思っています。
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本書を制作するにあたって、自治体や企業などのクライアントが、じつのところ「編集ってデザインとどう違うの?」「誰にどこまで頼んだらいいの?」といったことで悩み、依頼をする段になって二の足を踏むことが多いという課題も見えてきた。そんな、編集者への発注の仕方に悩んでいる人たちや、従来の枠にとどまらない編集の仕事に興味のある人たちに向けて、61組の編集者たちが導き出す解決策の具体例を、アウトプットからプロセス、制作や協働における工夫のポイントに至るまで、くわしく紹介している。
紙やウェブといった平面を飛び出して、まちやイベントなど、立体的な対象を編集する新世代のエディターたち。本書をきっかけに、これまで出会わなかったクライアントと編集者が活発にコラボレーションし、ともに地域や組織、コミュニティの新しいストーリーを生み出していく未来を期待している。興味のある方はぜひ書店で手にとっていただきたい。