ハコモノからストーリーへーー地域に根差す編集者を見出す「発注力」

2021.3.13 影山裕樹

新刊『新世代エディターズファイル 越境する編集ーデジタルからコミュニティ、行政まで』(BNN)刊行を記念して、本書に掲載された共編著者のコラムを特別に全文掲載します。

「ハコモノからストーリーへーー地域に根差す編集者を見出す「発注力」」
影山裕樹

活況を呈する自治体市場

近年、各自治体が移住者や交流人口を増大させるため、さまざまなシティプロモーション施策を行っている。入札速報サービス「NJSS」で「シティプロモーション」と検索すると、募集中の告示が数百件表示されるように、自治体の施策としてポピュラーになりつつある。

しかし、地域の価値という目に見えないものを発信し内外の人に効果的に伝えるにあたって、首都圏の広告代理店やコンサルティングファームなどの大企業に発注が集中するケースが多いのが現状だ。そこでは大規模な予算を計上しながらもホームページに不具合が発生したり、ふるさとPR動画が女性差別として炎上するなどの問題がしばしば起こる。そもそも、地方創生予算が東京の大企業に流れることに批判が集まることも少なくない。

僕は、1980年代から90年代にかけて問題になったハコモノ行政から類推して、ネット上に増えつつある閉鎖されたウェブメディアのことを「廃墟メディア」と呼んでいる。これは、通常のウェブや動画制作に関わる純粋な制作費用に対して、全体の予算が数千万円~と膨大になるプロモーション施策の問題を指摘するうえでも効果的だと考えている。

一方、広告業はいまや7兆円規模の巨大産業であり★1、2019年度はインターネット関連の広告費が年々増大し、ついにテレビを超えたという。テレビを相手とした大型の広告案件が減少する中、広告業者はインターネットだけでなく、ローカルにビジネスの領野を広げつつある。それは近年、雑誌の販売売り上げや広告売り上げよりも、自治体などとの協働による売り上げのほうが多い、広告代理店が運営する雑誌メディアや、広告代理店業化する雑誌メディアが増えてきているのを見ても明らかだ。

そうした中、ハコモノ規模の案件を受託した企業は、全体のプロモーション戦略の一部として冊子やウェブ、動画を制作し、展開する必要に迫られる。しかし、本来、プロモーションやブランティングの契機となりうるコンテンツのクオリティよりも、大規模化するプロモーション戦略全体に重点を置きがちで、細かなところに気を回さない。だから、誰も手に取らない大量のフリーペーパーが錆びたラックの上に山積みになる。

ローカルへと分散するメディア人材

一方、メディアをつくる側に関して言えば、1997年のピークから売り上げがおよそ半減した出版業界 ★2、2000年からの20年で3割減となった新聞発行部数★3という惨憺たる状況で、人材・技術の流出に歯止めがかからない。これらメディア人材、つまりは情報発信にまつわるコンテンツ制作能力に長けた人材が、2011年の東日本大震災以降、地方に移り住み、自らメディアを立ち上げたりする例も増えている。

かつて映画評論家の山根貞男が「映画の底が抜けた」★4と嘆いたが、プログラムピクチャー(映画館の毎週の番組を埋めるために量産される映画)全盛の時代に内製によって受け継がれてきた職人的技能が映画会社の外部に離散したように、いまや編集者の職能もメディア企業の外縁に分散しつつあるのだ。

いわば、魅力的な番組や記事を生み出してきたそうした人材こそ、その職能を死蔵させることなく地域振興戦略にいかすべきなのだが、実際は編集者や記者といったコンテンツをつくる側よりも、広告を売る側のほうが、企業や自治体というクライアントと協働する文化が根づいており、メディア人材が行政や企業と協働するプロジェクトの牽引役になるケースはまだ少ない。結果、コンテンツの底が抜け、容れ物ばかりが豪華になっていく。まさに現代のハコモノといったゆえんである。

メディア人材が川上に踊り出す時代へ

先に述べた通り、マスメディアの発達は広告業の発達と連動しており、年々肥大化し続けてきた。そもそも広告は企業の短期的売り上げに貢献する装置である。しかし、本当に地域のブランド価値を上げるものはそんな短いサイクルからは生まれない。1984年から25年間にわたって発行され続けた雑誌『谷中・根津・千駄木』から「谷根千」という言葉が生まれたように、編集的職能をもった一市民の視点でていねいに掘り起こされた価値の種が育ち、長い時間をかけて地域ブランディングにつながることのほうが実際は多いのだ。

影山が代表を務める千十一編集室の紹介ページ(『新世代エディターズファイル』より)

元ジャーナリストで「ブルックリン・ブルワリー」の共同創業者であるスティーブ・ヒンディは、記事を書くことよりホップや麦の割合を合わせることに喜びを感じ、通信社を退社し同社を創業した★5という 。「メディア人材=コンテンツ制作者」が自ら描いたストーリーの登場人物になる。そんな時代が到来したのである。こうしたあり方は、近年注目を集める「ソリューション・ジャーナリズム」にも近い。さながら、良質なノンフィクションをイメージし、それを現実のものとしてしまう手腕である。

編集とはいわば、ストーリーを生み出すクリエイティブディレクション能力を表す言葉である。コンテンツがどのように読まれ、どのような効果をもたらし、どんなストーリーが生まれるかまでを考える仕事だ。であるならば、今後は編集者自身が編集する対象を「まち」へと拡大し、マスメディアとは異なる新しい情報の流れを生み出していく。実際、本書で取り上げているプレイヤーも、紙やウェブといった平面を飛び越えて、まちづくりに乗り出しているところが多い。そして、自治体や企業もそうした地域に根ざす編集者を見い出し、単年ではなく長期的に協働する「発注力」のリテラシーを高める必要があると思う。本書がその役に立つことを願っている。

★1 電通メディアイノベーションラボ「2019年 日本の広告費」(「ウェブ電通報」、2020.3.11)
★2 出版科学研究所『出版月報』(2020年1月号)
★3 日本新聞協会調べ(2020年1月)
★4 山根貞夫『日本映画時評集成 1976-1989』(2016年、国書刊行会)
★5 スティーブ・ヒンディ著『ビールでブルックリンを変えた男 ブルックリン・ブルワリー起業物語』(DU BOOKS、2020年)

『新世代エディターズファイル 越境する編集ーデジタルからコミュニティ、行政まで』

編著:影山裕樹、桜井 祐、石川琢也、瀬下翔太、須鼻美緒
出版社:BNN
発売日:2021年3月16日
ISBN:978-4-8025-1199-5
定価:3,400円+税
全国の書店、およびネット書店にて発売
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ライタープロフィール

影山裕樹(Yuki Kageyama)

編集者、合同会社千十一編集室代表。著書に『ローカルメディアのつくりかた』(学芸出版社)、編著に『あたらしい「路上」のつくり方』(DU BOOKS)などがある。全国各地の地域プロジェクトに編集者、ディレクターとして多数関わる。一般社団法人地域デザイン学会参与、路上観察グループ「新しい骨董」などの活動も。2017年、本づくりからプロジェクトづくりまで幅広く行う千十一編集室をスタート。

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