ローカルメディアは、地域の「知らない人たち」同士を繋げてこそ

2020.8.12 大迫力

大阪の都心のど真ん中に「島」があるのをご存じでしょうか? 大阪の玄関口である梅田や大阪駅など、いわゆる「キタ」の中心部から歩いて15分ほど。堂島川と土佐堀川という二つの川に挟まれた中洲である中之島のロケーションは、ステレオタイプな大阪のイメージからは程遠いものです。

大阪・中之島のローカルメディア

この中之島を舞台にしたフリーマガジン『月刊島民』の編集を、2008年の創刊時から130号以上にわたって続けています(2019年度から年4回発行になりました)。京阪電車中之島線という新しい鉄道路線が開業したことをきっかけに誕生したもので、一番の目的は中之島に愛着を感じてもらうこと。歴史や建築、働く人々、電車、トレンドなどテーマは多岐にわたりますが、グルメやショッピングが中心の情報誌とは異なり、中之島の地域性を読み解こうとするスタンスを心がけています。

大したページ数ではないとはいえ、同じエリアをテーマに130回以上もの特集を組み、発行を続けてこられたのは、中之島がそれだけ物語に満ちた場所であるからでしょう。近代以降、大阪のシビックセンターとしていち早く整備が進められた中之島には、大阪市役所をはじめアイコンとなる建物がたくさん建ち並んでいます。中央部には日本銀行大阪支店や大阪府立中之島図書館、大阪市中央公会堂といった明治〜大正期の近代建築が隣り合い、そこから東へ向かえばバラ園や整備された芝生が美しい公園が広がります。中之島の南北を流れる川に架かる橋たちはそれぞれに個性的なデザインで、風景のアクセントになっています。

中之島の東端の景色。まさに大阪の都心に浮かぶ島。

中之島の西部にはオフィスビルが目立ち、近年は建て替えに高層タワー化が著しく進みました。また、世界第一級の陶磁器コレクションを誇る大阪市立東洋陶磁美術館や国立国際美術館、大阪市立科学館、中之島香雪美術館など、中之島はミュージアムが集積するエリアでもあります。2021年度には新しく大阪中之島美術館も開館する予定です。

歌謡曲にも唄われた「水の都」というフレーズを知っているのは50代以上の方に限られるかもしれませんが、水都たる大阪のシンボル的なエリアとしてあり続けているのが中之島です。緑豊かな水辺の風景の中に、新旧の時代的なグラデーションに加えて、オフィスやミュージアムや公園など、さまざまな都市機能が同居しているのです。

『島民』創刊の翌年からは、「ナカノシマ大学」というプロジェクトもスタートしました。実際に中之島に足を運んでもらおうと、自分たちで講座を企画し、毎月1回のペースで開催してきました。講演会や対談といった座学を中心に、建築見学ツアーやウイスキーのテイスティング、船で川をゆくクルージングなども行ったことがあります。

ナカノシマ大学のこれまでの様子。

都市部ならではの地域課題

ローカルメディアとしての活動を続ける中で、中之島のことに詳しくなる一方、都心部ならではとも言える地域課題も見えてきました。その一つがエリア内の回遊性に乏しいことです。東西約2kmにわたって延びる中之島ですが、近代建築群や公園、川を眺めながら食事を楽しめる飲食店など観光客にも人気のスポットは東側に偏っています。西側のエリアにも美術館やコンサートホールなどはあるのですが、島全体を回遊しながら楽しんでくれる人は少ないのが現実です。メインストリートである御堂筋や大阪メトロの各線が南北に走っており、人々の移動が南北を軸に行われているのも一因でしょう。

この問題は中之島にとって積年の課題です。しかし、街のハードに関わることなど、一介のローカルメディア編集者にとっては考えるには荷が重すぎるテーマです。それよりも私が気になっていたのは、中之島に関わる人々同士の間にあまり交流がないことです。これまでご紹介したとおり、中之島にはオフィスやミュージアム、コンサートホール、公共施設など多くの都市機能があります。だからこそと言うべきでしょうか、それぞれが個性的で特化している分、訪れる目的がはっきりし過ぎていて、異なるレイヤーにいる人々や場所が交わらないのです。

世界第一級のコレクションを誇る大阪市立東洋陶磁美術館。

隣り合った場所でも、興味のある分野のスポットしか目に入らないというのは、現代のどこの都市にでもあるありふれた問題なのかもしれません。中之島の場合は特にオフィスで働くワーカーにそれが顕著ではないかと感じています。世界的にも指折りの作品を所蔵している美術館や重要文化財に指定されている建築が、会社からすぐ近くにあるなんて理想的な環境ではないかとも感じるのですが、実際はそう甘くはないようです。ミュージアムの関係者も単に手をこまぬいているわけではなく、曜日限定やイベントに合わせた開館時間延長など、ワーカーを意識した取り組みを行っているのですが、大きな効果は得られていません。

アートが異なるレイヤーをつなぐ

オフィス街とミュージアムタウン、メディア側からすればどちらもとても中之島らしい個性なのですが、それらがすれ違っている様子はなんとも歯がゆいものがありました。そんな中、2019年9月から始まった「中之島アートウォール」に関わった経験は、こうした状況が少しずつ変わっていく可能性を予感させてくれるものでした。

オフィスビルのカフェテリアの通路に設けられた「中之島アートウォール」。

そのきっかけは中之島三井ビルディングというオフィスビルのリニューアルでした。ビル管理を行う会社の方から、4階フロアのカフェテリアを全面改装するにあたり、通路部分の壁面をギャラリーのように活用できないかという相談を受けたのです。オフィスビルのカフェテリアですから、ランチタイムにはビル内で働く人たちが通路に行列をつくります。ある意味では「一等地」とも言えるこの場所を、メニューボードやビル内のお知らせを掲示するだけではもったいない。何か文化的な発信をしたいという趣旨でした。

また、このリニューアルは近年の「働き方改革」の流れを意識したものでもありました。そのため新しいカフェテリアにはWi-fiが完備され、一人で仕事をしやすいようなカウンター席やカジュアルなミーティングにぴったりのテーブル席、またオフィスで煮詰まった時の気分転換に訪れるためのライブラリーなども設置されています。単なる「食堂」ではなく、仕事のインスピレーションを得られる空間にしたいという想いも込められていたのです。

中之島三井ビルディングのカフェテリア。オフィスビルの中とは思えない。

私が真っ先に考えたのは、中之島という土地の持つ性格や歴史を意識し、それに沿ったものにしたいということでした。そこで思い浮かんだのが、このビルのすぐ近くに開館する予定の大阪中之島美術館の作品をポスターにして展示するというアイデアでした。それならば中之島の文化的な文脈を充分に踏まえることができ、この場所にふさわしい内容です。同時に、アートの持つ創造性に触れるきっかけを提供することができ、ビルのリニューアルの趣旨にもぴったりだと思ったのです。

幸いにも館長をはじめ大阪中之島美術館の方々には、それまでに何度も『島民』やナカノシマ大学でお世話になっていました。そのやり取りを通して、公設の美術館ではあるものの、地方独立行政法人であることから、独自の広報への意識が高いことも見聞きしていました。相談してみたところ快諾していただき、すんなり話がまとまりました。

こうして生まれた「中之島アートウォール」は、毎回1つのテーマのもとに10作品のアートポスターが展示されます。作品選定と解説キャプションは美術館の学芸員の方が広報活動の一環として無償で提供してくださっています。約半年に1回のペースで更新されており、初回は「中之島美術館傑作選」として代表的な作品をピックアップ。第2回目は春から始まったことから「アートのお花見」として、さまざまな草花が登場する作品が選ばれました。同時に美術館の概要も紹介しており、さりげなく新しい美術館の広報にもなっています。

エレベーターを降りると、アートポスターが目に飛び込んでくる。
中之島アートウォールは新しくできる美術館の広報を兼ねている。

「橋渡し」というローカルメディアの役割

こうして中之島アートウォールは、ビルと美術館、双方にメリットのある形になりました。ビル側は印刷費などを負担するだけで大阪の誇る美術作品をポスターとして飾ることができ、美術館側は作品画像と解説テキストを提供することで将来の潜在的な来館者にPRすることができるのです。その橋渡しをローカルメディアが担えたことは、これまで培ったネットワークを活用できたことに満足すると共に、さまざまなジャンルを横断的に繋いでいくメディアの役割を再認識する出来事でもありました。

当初、企画を提案した段階では、三井ビルの担当者は「本当にそんなことを依頼できるのか?」と半信半疑で、美術に詳しくないためにどこか遠慮がちでした。一方の美術館側も、中之島で働く人々にどのようにアピールしていいかわからず、むしろ関心を持ってくれたことに驚いているようにも感じられました。しかし、やり取りを重ね、関係性が築かれていくと、さまざまなアイデアが生まれてくるようになったのです。

「美術館の方に館内ツアーをお願いすることはできるのですか?」
「もちろん、機会があればぜひやりましょう」

「カフェテリアで新しい美術館のセミナーをやりたいですね」
「ええ。食事やお酒を飲みながら聴いてもらっても結構です」

両者は互いに意識し合ってはいたものの、これまでは上手く接点を持てなかっただけ。ミュージアムはワーカーたちにどんどん来てほしいと思っていたし、ワーカーたちは実はミュージアムに魅力を感じていたのです。同じエリアに関わる人々が、お互いの強みを活かし合う展開は理想的なものと言えるでしょう。

ローカルメディアの地域における役割は大きい。

「自分たちのことには興味がないだろう」
「こんなことを提案したら迷惑がられるのではないか」
こうした思い込みによるすれ違いは、同じエリアにあっても、ジャンルの異なるプレーヤー同士ではよくあることではないでしょうか。特に大企業や組織が関係者になる場合は個人の意思だけではものごとを進められないため、むしろ中之島のような都心部に典型的な現象なのかもしれません。

こんな時こそローカルメディアの出番です。ローカルメディアの価値は、単に媒体として読まれることだけではありません。取材をきっかけとして築いた関係性は、目に見えない「資本」として、地域の新たなコラボレーションやクリエイティビティを生み出す土壌にもなり得るのです。

地域内をフットワーク軽く動き回り、分野横断的に多くの人々に関わりながら、それぞれの強みや悩みを客観的に把握することができる立場は貴重です。地域の知らない人同士を結びつけることによって、地域課題の解決や新たな価値を生み出せるかもしれません。

マップ

ライタープロフィール

大迫力(Chikara Osako)

1980年尼崎市生まれ。京阪神エルマガジン社『Meets Regional』編集部を経て、2006年より株式会社140B。大阪・中之島エリアのフリーマガジン『月刊島民』の編集に創刊時から携わり、2016年11月より編集・発行人。また、ナカノシマ大学という講座の企画・運営や大阪をテーマとした書籍の出版なども行っている。

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