過渡期にいざなう仕事ーー協働する編集者、編集者との協働

2021.3.13 瀬下翔太

新刊『新世代エディターズファイル 越境する編集ーデジタルからコミュニティ、行政まで』(BNN)刊行を記念して、本書に掲載された共編著者のコラムを特別に全文掲載します。

「過渡期にいざなう仕事ーー協働する編集者、編集者との協働」
瀬下翔太

いま編集者と呼ばれる職能の意味するところは多岐にわたる。たとえば、コンテンツやメディアの制作を超えてビジネスセクターにおける事業活動に深く関わる、あるいは、情報発信を通じてソーシャルセクターやパブリックセクターにおける課題解決に貢献する。本書に紹介されている編集者たちの事例をみて、その領域横断性に驚いた人も多いのではないだろうか。そこで本稿では、企業や自治体が自ら立ち上げ運営する「オウンドメディア」を緒に、編集者が社会の中で果たす役割の広がりについて改めて整理したい。

事業成長の支援、社会課題への接近

近年編集者がさまざまなビジネスセクターに参加するようになったきっかけのひとつは、オウンドメディアの登場だろう ★1 。代表例として、グループウェアを販売するサイボウズ株式会社が2012年に立ち上げた「サイボウズ式」がある。「サイボウズ式」は働き方に関する質の高い記事を掲載し、現在まで一般のビジネスメディア顔負けの存在感を発揮している。

編集者にとってオウンドメディアの運営は、企業や自治体の広報誌やウェブサイトの制作と似て非なるものである。もっとも大きな違いは、組織のミッションを効果的に伝えて人材採用につなげたり、読者とのつながり(エンゲージメント)をつくって顧客情報(リード)を獲得したりといった、人事やマーケティングの領域にまで目を向けなければならない点にある。編集者もビジネスの成長に直接寄与することを期待されるようになっているのである。

オウンドメディアを超えてさらにビジネスの中核に踏み込む編集者もいる。本書で紹介したinquireは、スローガン株式会社が運営する若手経営人材向けのコミュニティサービス「FastGrow」に伴走し、同サービス上に掲載される記事の制作や編集部運営に加え、セールスも含めたチームのオペレーション構築や商品開発までを支援している。いわばサービスそのものを編集しているのである。

手法としてのオウンドメディアは、社会課題を継続的に発信し、課題解決に市民を巻き込むことが求められるソーシャルセクターやパブリックセクターにも広がっている。本書で紹介したヘキレキ舎は、障害福祉施設「アルス・ノヴァ」の運営を行う認定NPO法人クリエイティブサポートレッツのオウンドメディア「表現未満、」の立ち上げに参加した。「表現未満、」は、障害者福祉の現場で「問題行動」とされてしまう行動を表現として認め、支えていくプロジェクトである。

「いたいようにいること」を大切にするという「表現未満、」の意義を伝えるため、ヘキレキ舎の代表の小松理虔は、月に一度「アルス・ノヴァ」を訪れ、施設内のゲストハウスに寝泊まりしつつ通所者やスタッフと交流する「観光」を一年間続けた。生活をともにしながら現場の課題やリアリティに迫り、ステークホルダーとの深い信頼関係を構築。その実践は、最終的に書籍にもまとめられた ★2 。編集者がソーシャルセクターやパブリックセクターに関わる新しい方法論の模索と言えるだろう。

認定NPO法人クリエイティブサポートレッツのオウンドメディア「表現未満、」

編集者との協働

現代の編集者は事業成長の支援から複雑な社会課題の理解、ステークホルダーとの信頼関係の構築に至るまで、多様な期待の中で仕事をしている。こうした期待に応えるためには、編集者個人の力だけではなく、パートナーにあたる企業や行政、NPOの担当者の協力が必要不可欠である。

編集者と協働したいと考える担当者にとって、オランダで組織コンサルタントとして社会課題解決に取り組んできたアンドレ・シャミネーの議論が参考になるかもしれない★3 。

シャミネーはパブリックセクターとデザイナーが協働する際に担当者がどのように振る舞うとよいか検討し、制作をリードするディレクター的な役割と、予算や時間といったリソースを獲得するパートナー的な役割、プロジェクトに関わるステークホルダーが共有できる目標を設定するファシリテーター的な役割という3つの役割を提案している。

そのうえで、これらの役割を状況に応じて使いわけるバウンダリー・スパナー(越境的行動者)になることを説く。編集者のパートナーに期待されていることも、領域横断性や越境性なのだ。

領域横断の伝統

これまで見てきた、ほとんど無際限にも思える編集者の職能の広がりに不安をおぼえる人も多いだろう。筆者自身も例外ではない。そんな気持ちを鼓舞する意味で、三浦雅士と寺田 博という文芸編集者が明治以来の編集者の歴史について語り合った対談を紹介したい ★4 。

ふたりによれば、出版草創期には新聞記者やジャーナリストのような文筆活動に携わるものだけでなく、教師や職工といった仕事をしていた異分野の人材も、編集者として重要な役割を果たしたという。そのうえ当時の編集者たちは、ただ新聞や雑誌をつくるだけではなく、出版という新しいビジネスを生み出す経営者でもあり、営業マンでもあった。ときには、書き手やスポンサーといったステークホルダーを集め、コミュニティやネットワークをつくるオーガナイザーでもあり、メディアを通して社会を批評するジャーナリストでもあった。編集という営みは、その成立から多様なキャリアとスキルをもつ者たちの協働でつくられてきたのだ。

対談の中で三浦雅士は「時代を過渡期に変えてゆく人間のことを編集者と呼ぶのかもしれない」という印象的な言葉を残している。現代の編集者やそのパートナーたちによる多様で、ときに不安定な実践は、まさに「過渡期」へ向かっていることの傍証であろう。

★1 鷹木 創著、大内孝子編『オウンドメディアのつくりかた 「自分たちでつくる」ためのメディア運営』(2017年、ビー・エヌ・エヌ新社)
★2 認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ、小松理虔著『ただ、そこにいる人たち─小松理虔さん「表現未満、」の旅』(2020年、現代書館)
★3 アンドレ・シャミネー著、白川部君江訳『行政とデザイン 公共セクターに変化をもたらすデザイン思考の使い方』(2019年、ビー・エヌ・エヌ新社)
★4 寺田博編『時代を創った編集者101』(2003年、新書館)

『新世代エディターズファイル 越境する編集ーデジタルからコミュニティ、行政まで』

編著:影山裕樹、桜井 祐、石川琢也、瀬下翔太、須鼻美緒
出版社:BNN
発売日:2021年3月16日
ISBN:978-4-8025-1199-5
定価:3,400円+税
全国の書店、およびネット書店にて発売
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ライタープロフィール

瀬下翔太(Shota Seshimo)

NPO法人bootopia代表理事。『Rhetorica』の企画 ・編集などに携わる。 2015年島根県鹿足郡津和野町に移住し、教育型下宿を経営。

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