
はじめに:移動・交通・移住
評者はコテコテの文系ながら、技術・工学のイメージの強い「交通」を専門としている。それゆえ本書のタイトル、しかもその冒頭にある「移動」という言葉それ自体に惹かれる。
とはいえ本書でいう移動は、もちろん交通インフラの整備と発展を前提にしている(移動前提社会)ものの、通勤をはじめとする日常的な交通(transportation)を取り上げたものではない。さりとて、移住(migration)に特化したものでもない。両者の中間にある様々な移動の事例を考察し、諸々の「編集」を通じた「移動縁」の紡ぎ方を提案している。以下では、評者が感じた本書の特徴を3つ挙げて論じたい。
1 事例の類型化について
事例研究の前に、第1章・第2章でよそ者性や移動者に関する類型化に紙幅を割き、本書が単なるケースブックに留まらないように周到に準備されていることが、本書の第一の特徴である。それによってついには「移動によって地域に関わる人びと」の類型化にも成功しているといえよう。
その「移動」は「人びと」だけでなく、特産品の流通をも含んでいる。つまり、評者が常々考慮している「ヒトの交通とモノの流通の代替・補完関係」(髙橋愛典「日本酒蔵元の再生にみる商学の体系」、鵜飼信一編著『日本社会に生きる中小企業』第5章、中央経済社、2018年)をも射程に収めている。評者はそのことに大いに、心を打たれた。
もっともこのテーマに関して、ふるさと納税制度の利用者(ふるさと納税者)へのウェブアンケート調査結果(第3章3.)は、高度な分析手法が駆使されているとはいえ、いや、それゆえにかえって、他の事例研究から浮き上がっている感が否めない。例えば、特産品のネット通販による購入者を対象にマーケティング調査を行ったほうが、本書の文脈には馴染んだようにも思われる。

2 事例の選定について
肝心の事例であるが、これがなかなかシブい。全国的に有名になった事例よりも、知る人ぞ知る事例に脚光を当てているという印象である。釧路市の事例(第3章1.)が典型であるが、当事者たちの謙虚な姿勢がうかがえる。要は、全国各地からの千客万来を狙うよりも、近隣の都市・地域から、あるいは遠方からの来訪者に呼びかけるとしてもターゲットを絞った上で、キャパシティに配慮しつつ(いいかえればオーバーツーリズムに陥らないように)来訪者をじわじわ増やすという地道な取り組みを、本書は世に知らしめている。
こうしたタイプの事例を丁寧に掘り起こす調査・研究は、実に貴重である。本書について「もっと目立っている、即効性のありそうな事例を読みたかった」という読後感を持った向きには、再読と反省を促したいと思うほどである。

3 関係人口(論)を「超え」ることについて
本書のサブタイトルは「関係人口を超えて」である。関係人口の議論といえば、田中輝美先生(島根県立大学准教授)による『関係人口の社会学』(大阪大学出版会、2021年)のように、どうしてもキーパーソン個人にスポットライトが当てられ、そのキャラクターに沿ってストーリーが構築されることが多い。
一方本書では、個人が後景に引いていることが、事例研究の特徴をなしている。鳥取県議会の事例(第4章4.)は、国会職員が出向した際の手記であり、第3章・第4章の事例研究の中でも他と一線を画していて、意表を突かれる。一見、キーパーソン自身が手柄をまとめたものかと思いかねないが、読み進めると決してそうではないことがわかり、一気に引き込まれる。議会図書室の運営を改善することで、議会事務局の組織のあり方自体を変えたのである。その成果は、キーパーソンが永田町に戻っても色褪せるものではなく、当面は受け継がれていくであろう。
個人の代わりに前景に押し出されてくるのは「組織」である。しかも、商店街組織(第4章2.の新潟市「沼垂テラス商店街」)や、移住者をサポートする一般社団法人(第4章3.の福島県西会津町「BOOT」)のように、正直申し上げてユルめの構造を持つ組織が際立つ。少なくとも、経営学や行政学が典型としたがる古典的・官僚制組織からは程遠い。
それによって、従来の関係人口(論)をまさに「超え」た議論が、本書では成り立っている。第5章は事例研究を踏まえて「地域編集」について論じているが、地域編集者は必ず複数であり、偶発性を楽しんで縁を広げること、そのためにも他者に寛容であることが求められる(pp.199-200)。これは組織的な活動の指針となる。事例研究のポイントをまとめた図5-1(p.200)と相まって、評者は思わず膝を打った。

おわりに:「地域内よそ者」を育てる
最後に、私事にわたるが、評者が紡げそうな「移動縁」を着想したので示しておきたい。
本書のキーワードの一つに「地域内よそ者」がある。これは、地域に定住しつつもよそ者と同じ視点を持つ存在である(p.28)。評者は、地域内よそ者を育てるにはどうしたらよいかという問題意識を持つようになった。
大都市圏の大学では、学生の間に地元志向が強まっているとよくいわれる。評者の勤務先(近畿大学東大阪キャンパス)でも、親元(実家)から通学する学生の比率が高い。一方で、地方出身で一人暮らしをする学生もそれなりにいる。勤務先の場合、附属高校が「近畿」地方内外にいくつもあり、推薦入学の制度が充実していることも大きいに違いない。
そして、大学を卒業したら地元に帰りたいと考えている学生も多い。学生たちの地元愛に感服する場面も、思いのほか多い。地方部・地方都市が疲弊する中で、大卒としての就職先が以前に増して限られることが気の毒である。
学生時代を都会で過ごし、地元に帰っていった若者たちは、どのようにして地域社会に貢献しうるか。それは単に、都会での生活を懐かしみながら地元の生活に再適応するだけでは難しいと、評者は考える。まさに地域内よそ者として「地域外で得た経験をもとにした『異質性』を維持」(p.29)し続けてほしいのである。そのためには、ときには地元(例えば県庁所在地)の大学に社会人学生として通ったり、都会の大学に改めて「留学」したりといった機会も必要であろう。そうやって、地域社会の課題をよそ者の目で掘り起こし解決しようとする地方在住者、とりわけ若者のお手伝いをしたいと考える。
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『移動縁が変える地域社会 関係人口を超えて』
敷田麻実・森重昌之・影山裕樹 編著
中島修、田原洋樹、岩永洋平、馬場武、清野和彦、髙野あゆみ 著
発行 水曜社
2023年12月7日発売
A5並製・224ページ
2,750円(本体2,500円+税)
https://suiyosha.hondana.jp/book/b635041.html