まちと訪れる人をつなぐ「星野リゾート OMO5 東京大塚」

"旅のテンションを上げる都市観光ホテル”とは?

2018.9.3 小西七重

OMO5 東京大塚のエントランスに設置された「Go-KINJO」マップ(画像提供:星野リゾート)

「Go-KINJO」マップや「OMOレンジャー」といった、まちとホテルをつなぐ仕組みをインストールし東京・大塚にオープンした「星野リゾート OMO5大塚」。スタッフが自ら開拓したまちのコンテンツを”編集”し、宿泊客とまちの人をつなぐ「星野リゾート OMO5大塚」の取り組みは、これからの都市型ホテルのあり方を示してくれる。

“旅のテンションを上げる都市観光ホテル”がなぜ大塚に?

東京・大塚は、昼夜問わず賑わう大繁華街の池袋の隣駅にも関わらず、都電が走り、巣鴨へも歩いて行ける下町情緒あふれる街だ。しかし、東京に住む人でも「池袋には行ったことがあるけど、大塚には降り立ったことがない……」という人は少なくない。そんな、東京の下町のなかでも知る人ぞ知るディープなまち大塚に、2018年5月、星野リゾートが手がける都市観光ホテル「OMO5 東京大塚」がオープンした。

OMO5 東京大塚外観(画像提供:星野リゾート)

高級リゾートのイメージが強い星野リゾートだが、「OMO5 東京大塚」オープンの1ヶ月前に北海道・旭川にオープンした「OMO7 旭川」を含め、「OMO(おも)」ブランドのコンセプトは”寝るだけでは終わらせない、旅のテンションを上げる都市観光ホテル”。これまで星野リゾートが手がけてきたブランドとはガラリとコンセプトが異なる「OMO」には、どのような意図があるのか? 「OMO5 東京大塚」総支配人の磯川涼子さんに話を伺った。

「星野リゾートはこれまでリゾート地で施設そのものを旅の目的にして来ていただくデスティネーション型ホテルを多く運営してきました。今後も、『星野リゾートが好きだ』と言っていただける方々が旅をしたくなるところに、星野リゾートがある状態を目指し、運営拠点を増やしていきたいと思っています。そのひとつの方法として、数年前から”都市観光にどう展開するか?”という検討を始めていました」(磯川さん)

磯川さん

都市部に観光に来る客層を調査すると、ビジネスホテルに宿泊する客のうち6割がビジネス目的ではなく、観光目的ということがわかった。東京であれば、スカツリーやディズニーランド、コンサートなど様々な目的で旅行するなかで”ホテルは宿泊するだけなので、そこそこキレイで寝られればいい”と考えているという。

「ただ、ライブで盛り上がったり、友人と楽しく食事をしたあとで無機質な部屋に戻ると『ちょっとテンションは下がります』と言われている方もいて。星野リゾートとしては、そこに何か提案していける余地があるのではないか? 観光客のためだけに都市型のホテルをつくったらどうか? と考えたのです」(磯川さん)

OMO5 東京大塚ゲストルーム(画像提供:星野リゾート)

従来の都市型ホテルに求められていたのは、ロケーションと価格。例えば、ビジネスホテルには駅近だったり、オフィス街へのアクセスが良かったりすると利便性は高まる。しかし、それは観光客ターゲットの都市観光ホテルのベストロケーションとは言いがたい。

「観光客にとってのベストロケーションを考えたとき、ホテルに到着してから徒歩圏内に楽しめる場所、もしくは食事をするときに最適な場所があり、さらに旅情を誘うようなディープさがあるといいなと。そうしたタイミングでここ大塚のオーナーからお声がけいただいき、大塚のまちで検討をはじめていくと、私たちがつくりたいホテルにフィットした土地柄だと感じ、オープンに至りました」(磯川さん)

「ご近所マップ」には現在進行中のアクティビティが張り出されている

旅行者にまちを楽しんでもらうコンテンツ

「OMO5 東京大塚」の特徴的なサービスに、旅行者がまちに溶け込むことをサポートする「Go-KINJO(ゴーキンジョ)」がある。現在、「Go-KINJO」は大きくふたつのコンテンツで展開され、ひとつは大塚のディープなスポットがマッピングされた「ご近所マップ」。もうひとつは、友人のようにまちを案内してくれる「OMOレンジャー」だ。

OMOレンジャー(画像提供:星野リゾート)

「『ご近所マップ』はお客さまが自分で情報を探せる場所になっています。私たちスタッフが自分たちの足で探したお店を紹介していて、”ここではこれを食べてほしい”とか”マスターがこんなに面白い人ですよ”とか、実際に行ってみないとわからない情報を発信しています」(磯川さん)

 「OMOレンジャー」は、大塚を知り尽くした宿泊客の友人ガイド。散歩・はしご酒・昭和レトログルメ・大塚ニューグルメ・ナイトカルチャーといった5つのジャンルから興味をひかれたものを選べば、ローカルスポットに案内してくれるサービスだ(散歩以外は有料。2時間1,000円/1人、飲食料別途)。

友人や知人が住むまちなら、地元の人しか行かないディープな店やスポットに連れて行ってもらい、すんなりとまちに溶け込むことができるが、ガイドブックやSNSの情報を頼りに訪れるまちでは、そこまでの出会いは期待できない。「OMOレンジャー」は、リアルに星野リゾートのスタッフ。案内してくれる場所は、すべて業務の合間に自ら大塚を歩いたなかでのイチオシスポット。しかも、定期コースがあるわけではなく、その日案内するお客さんの雰囲気やレンジャーの気分で訪れる店も異なる。まさに、地元の友人として「いいところがあるんだよ」と、お気に入りの場所を案内してもらうような感覚で大塚を楽しめるのだ。

「大塚は花街があった歴史もあり、ライブハウスやジャズバー、フレンチカンカンのレビューショーが楽しめる店や、スナックなど、ナイトスポットも実は豊富なんです。女性だけで行きづらいところでも、レンジャーが一緒だと”入ってみようかな”と、一歩踏み込んだ楽しみ方ができると思います。レンジャーのいいところは、はじめて訪れる場所での失敗がないことと、レンジャーが媒介となって地域の人とのコミュニケーションが生まれやすいことですね」(磯川さん)

スタッフが自ら開拓したお店情報も随時アップデートされる

媒介となるべく、大塚に通いつめた日々

大塚のディープなスポットを見つけても、地域の人に受け入れてもらえなければ、宿泊客を案内することはできない。「OMOレンジャー」たちは、どのような方法でまちと旅行者との媒介になれたのか?「OMO5 東京大塚」広報であり、「OMOレンジャー」のグリーン(散歩)を担当する野部洋平さんに話を伺った。

野部さんは東京生まれの中野育ち。2017年12月に人事部から「OMO5 東京大塚」に移動するまで、大塚には一度も訪れたことがなかったと言う。

「最初は図書館に行って、このまちの歴史を紐解くことからはじまりました。大塚には何があるんだろう? と、まちの特徴を知ることからリサーチをしていくうちに、『音楽のまちなんだ』『花街の歴史があるんだ』とか、『日本酒の聖地なんだな』とか、色々とわかってきました。そこから、まちの特徴に沿って、4つのエリアにわけてとにかくグルグル歩いて情報を蓄積し、約2ヶ月間で100店舗くらいはまわりましたね」(野部さん)

野部さん

何度も足を運んでいると、おのずと店主や常連さんとのコミュニケーションも生まれてくる。「あのお店にはもう行った?」と、新たな情報を地元の人から教えてもらうと、そこにも足を伸ばし、自分の目で確かめる。そういったリサーチの積み重ねで「ご近所MAP」が生まれていった。加えて、「OMO5 東京大塚」がオープンする頃には、あちこちのお店ですっかり常連になったスタッフたちもまちに溶け込んでいた。ある意味、ホテルの従業員でありながら、フロントや清掃などのホテル業務をこなすだけではなく、施設が根付くまちを「編集」し、それを日々の業務にフィードバックしているのがこのサービスの特徴だ。

「OMOレンジャー」の制服でまちを歩くと、遠くからでも「今日はどこ行くの?」なんて声をかけられる。だからこそ、「OMOレンジャー」に案内されてお店に行くと、彼らの“友人”として店主や常連も、旅行者を一歩踏み込んだ関係を築き上げることができる。

地域の人々と一緒に、大塚を盛り上げていく仕掛け

 時間をかけてリサーチした「OMOレンジャー」たちの一次情報がベースとはいえ、新しいメニューが増えたり、イベントが行われたり、はたまた新しいお店が誕生したり、まちの情報は毎日のように変化する。もちろん、「OMOレンジャー」たちも日々、大塚のまちを歩いているため、新しいスポットを見つければ「ご近所MAP」に追加したり、案内先に加えたりしているが、変わりゆく情報を集約するには限界もある。『OMO5 東京大塚』のwebサイトには、インスタグラムやツイッターでハッシュタグ(#omotown_otsuka)がついた投稿を集約したコンテンツ「ご近所の今」があり、地域の人々や旅行者が投稿した“旬な大塚情報”を、ここで見ることができるのだ。店主サイドから見ると、全国あるいは世界中の旅行者が情報を探しにやってくる「OMO5 東京大塚」のwebサイトをPRの場としていかせる利点もある。

こうした「OMO5 東京大塚」の取り組みを地域の人はどのように見ているのだろうか? 「OMOレンジャー」の散歩コースでもよく立ち寄るという、お茶屋さん「矢島園」の矢嶋新一さんを訪ねてみた。

矢嶋さんは、生まれも育ちも大塚。花街があり、都電が2本も乗り入れ、賑わっていた頃の大塚も、その後池袋に人が流れていった時代も目の当たりにしてきた。

矢島園

「その昔はすごかったんだけど、今じゃ新宿と池袋が都会で、大塚は田舎になっちゃった。僕としては悲しい思いをしていたんだけど、星野リゾートさんが来てくれて新しい風が吹いているようで嬉しいよ。普通のホテルだと、ホテルのなかで食事してもらって、どうやってお金を落としてもらおうかと考えるけど、『OMO5 東京大塚』はこのまちに溶け込んで、一緒に盛り上げていこうとしてくれている。連れてきてくれるお客さんのリアクションも新鮮だし、楽しい。70歳になるけど、この歳になって新しい出会いがあるとは想像もしなかった」(矢嶋さん)

矢嶋さんと野部さん(矢島園にて)

「矢島園」には「WELCOME」と書かれたメッセージカードと、「ビットコイン使えます」の案内が。聞けば、「OMO5 東京大塚」オープンとともに、インスタグラムやFacebookなどSNSも始めたと言う。

「最初はやり方がわからなかったけど、『OMO5 東京大塚』のスタッフさんに来てもらって教えてもらってね。お互いにWin-Winなんだよ。僕はもともとここで商売していたけど、これをきっかけにインターネットでも発信するようになって。これまで、のべ100人くらいはOMOレンジャーがお客さんを連れてきてくれたけど、それが1000人、1万人、10万人になってきたときに、うちのお店が全国的に有名になってくるといいなぁ(笑)。ここに来てくれた人が家に帰ったときに『矢島園ってお茶屋さんで冷凍焼き芋がおいしくてさ』って。どこでどう広まるかわからないじゃない。それが楽しみだよね」(矢嶋さん)

「OMO5 東京大塚」の取り組みは、まだ始まったばかり。星野リゾートの特徴でもあるが、「OMOレンジャー」たちは専任スタッフではなく、フロントや清掃などすべての仕事をシフト制で担当するマルチタスク。宿泊客との接点が多いため、移り変わる旅行者のニーズもキャッチしやすい利点があるのだ。日々、まちの人とその場所を訪れる人、双方と接するからこそ媒介になりえる。“ディープな大塚体験”をした旅行者は、次は場所を目的にするのではなく、“あの店のマスターに会いたい”と、人を目的に訪れるようになるかもしれないし、誰かを連れてやって来るかもしれない。

野部さんと磯川さん(エントランスにて)

地域にはさまざまな人、場所、業態がひしめき合っている。『OMO5 東京大塚』の取り組みから見えてくるのは、従来のホテル業務の枠組みを超え、まちに染み出しながら、そこにいる多様なプレイヤーをつなぐ“媒介”になることの重要性だ。ハードだけでなく、そこに独自のソフトを掛け合わせ地域の人や経済の流れのダイナミズムをつくる。都市観光においても“そこでしか体験できないこと”が求められるコト消費の時代に、『OMO5 東京大塚』が仕掛ける「OMOレンジャー」という仕組みは、これからの宿泊業のあり方に一石を投じるかもしれない。

マップ

オープン:2018年5月9日
住所:東京都豊島区北大塚2-26-1
TEL:0570-073-022(星野リゾート予約センター/受付時間9:00〜20:00)
アクセス:JR大塚駅より徒歩約1分
宿泊料金:7,000円〜(2名1室利用時・1名あたり/税・サービス料込)
https://omo-hotels.com/otsuka/

プロフィール

OMO5 東京大塚

“寝るだけでは終わらせない、旅のテンションを上げる都市観光ホテル”をコンセプトに、ワクワクする仕掛け満載のゲストルームのみならず、友人ガイドとまち歩きができる「OMOレンジャー」やオリジナルの「ご近所マップ」などのサービスで、旅行者とまちをつなぐ媒介の役割も果たす。

ライタープロフィール

小西七重(Nanae Konishi)

フリーの編集者・ライター。著書に『箱覧会』(スモール出版)、共著に『市めくり』のほか『あたらしい食のシゴト』(京阪神エルマガジン社)がある。

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