浜松駅徒歩10分に位置するゆりの木通り商店街がいま、歴史を感じさせる趣のあるビルをリノベーションした新店舗などで話題を集めている。その盛り上がりに一役買っているが、個性あふれるイラストマップだ。
老舗が立ち並ぶ商店街の課題
東海道沿いにある全長500mのゆりの木通り商店街の歴史は古く、呉服店、ふとん屋さんなど100年以上続く老舗商店が14軒ほど、現在も営業を続けている。また、全86店舗中の半数以上が専門性の高い物販店で、なかでもメンズセレクトショップが多いのが特徴だ。
一方、郊外の大型ショッピングモールに客足が向かうなかで、中心市街地に位置するゆりの木通りには、他の多くの地方商店街と同じく、空き店舗があり、人通りが少なく閑散としたまちというイメージも持たれている。
「ゆりの木通り商店街には、つくり手の思いを顧客に伝えることに喜びを感じている店主がたくさんいて、仕事に対する熱意も高い人が多い。そのため、彼らに話を聞くと、いろいろなことを教えてくれるんですよ」(鈴木さん)
ゆりの木通りで駐車場を経営しつつ、商店街マップの仕掛け人でもある鈴木基生さんは以前、織物卸販売業を営んでいた。浜松は江戸中期以降、綿花の産地として栄え繊維産業が盛んで、その技術力は現代にも引き継がれている。今も世界中からトップメゾンが質の高い織物を求めて買い付けにやってくる。そうしたものづくりの現場を数多く目にしてきた鈴木さんにとって、製品を販売する専門店の店主たちが、誇りを持って売り場に立っている姿は、日本のものづくりの希望に見えたに違いない。
駐車場の経営者がマップをつくる理由
たしかに、ゆりの木通り商店街は、職人の丁寧で質の高いものづくりを伝える窓であり、ものづくり文化と日常生活をつなぐ場として機能している。しかし鈴木さんは、実際にお店の中に足を踏み入れて店主と会話してみなければ、まちの人たちがゆりの木通りの本当の面白さに気づくことはできない、と感じてもいた。
「まちが面白いと分かったらもっと人が来てくれます。駐車場の利用者も増える。マップ制作の投資がどこに帰結するのかは分かりませんが、直接的に影響があるのが駐車場。お客さんを呼ぶのは商店の仕事という意見もありますが、僕はそうは思わない」(鈴木さん)
ゆりの木通りには歴史を持つ店舗がありながら、新規参入店も多く、各店舗の外装デザインに統一性がないという課題もある。さらに、専門店の多さから気軽に立ち寄れない敷居の高さを感じる来街者も多く存在している。それぞれの店舗の店主が持つ深い知識に信頼を寄せるコアなファンがついてはいるものの、多様な専門店が集積する商店街の魅力は、単純に買い物に訪れる初めての客には伝わりづらい。
そこで、鈴木さんは、自らが経営する駐車場「万年橋パークビル」から出資する形で、2011年の年末から、ゆりの木通り界隈のイラストマップづくりに着手した。
「訪れる人が多くなれば、テナントも入りやすくなる。印刷代といっても年に数万円程度。楽しみながらまちの魅力を掘り起こしたい。そんな軽い気持ちではじめました」(鈴木さん)
まちを編集するイラストマップが多様な人を呼び込む
マップ制作者として鈴木さんが白羽の矢を立てたのが、イラストレーターの友野可奈子さんだ。友野さんは当時、万年橋パークビル内に開設されていたシェアオフィスに入居する団体での仕事の契約期間を終えたばかりだった。
「イラストの仕事もしていたので、鈴木さんに『マップをつくりたいからバイトしてくれませんか?』と声をかけられたんです。11月から始めたので、最初の仕事は年末年始の大売り出しを特集したマップでした」(友野さん)
イラストは得意だけれど、距離感を表現する難しさなどからマップ制作には苦手意識があったという友野さん。マップづくりが楽しくなってきたきっかけは、友野さんが発案した「おしゃれメガネマップ」だった。
「最初はテーマが先にあって制作していたのですが、題材がなくなったときに、なにかない? と鈴木さんに声をかけられて。ゆりの木通りにはその頃、メガネ屋さんが2つあって、通りにはメガネをかけている人が多いなと気づいたところから思いつきました」(友野さん)
アヴァンティというメガネ専門店でメガネフレームの種類をレクチャーしてもらい、「メガネにも名前がある」のだと知って、ますます楽しくなったそうだ。そして、ゆりの木通りでメガネを愛用している商店主や住人それぞれに取材をして、彼らが着けているおしゃれなメガネを、詳細な特徴を添えて紹介するマップを制作した。
一見すると商店街での買い物や町歩きに役立つ機能性はまったくないマップではあるが、メガネ好きの友野さんの執念と、メガネを通して商店街の人々の人柄が滲み出してくる「おしゃれメガネマップ」は商店街の内外で反響を呼び、何度も増刷したそうだ。筆者もこの「おしゃれメガネマップ」に惹かれて、ゆりの木通りで制作されるマップをコレクションするようになったくらいだ。
最初は、目的があるマップをつくることにつまらなさを感じてもいた友野さんだが、好きなようにつくったほうが面白いものができる! という感触を得た。そうして、月に1度ほどのペースでイラストマップをつくりはじめるようになった。街角で喫煙できる場所を記した灰皿マップ、YAMAHAのお膝元の浜松らしくライブハウスや楽器店を紹介するミュージックマップ、界隈のレトロビルを紹介するビルディングマップなどなど。
「一見くだらないけれど、きちんと手に取る人のことを考えてつくっています。だんだん周りの人も『こんなマップはどう?』とネタを提供してくれるようになって、商店街の人の中には私に『マッパー』とあだ名をつけたりする人もいるんです。本業はイラストレーターなんですけれど(笑)」(友野さん)
現在では、友野さん以外の制作者がつくったものも含め、ゆりの木通りを中心とした約50種のマップが生まれた。これらのマップを並べてみると、ひとつの商店街に複数のレイヤーが重なって、まちが重層的に見えてくる。来街者は好みにあう1つをボロボロになるまで持ち歩いてもいいし、複数コレクションして、気分によってまちの楽しみ方を変えてもいい。
営みや移り変わりをキャプチャーする
2009年には、リーマンショックの影響による大型百貨店の出店撤廃から、路面の空き店舗が17軒にまで増加したゆりの木通りだが、マップの評判もあってか、現在は若い人が出店する店舗も増え、文化的感度の高い若者を中心に「ゆりの木通りは活気がある」と、イメージされるようになってきた。
レトロビルをリノベーションしたスタイリッシュな店舗で人気のBOOKS AND PRINTSは、写真家で浜松出身の若木信吾さんがオーナーで、写真集を専門に取り扱っている。同店が店を構えるKAGIYAビルの100m先には、2016年にヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展での日本館展示にて審査員特別表彰された建築家集団403architecture[dajiba]が事務所を構え、また、建築家の大東翼さんと鈴木一郎太さんが設立した、店舗設計から地域プロジェクトのマネジメントまで手がける株式会社大と小とレフは、万年橋パークビルに「黒板とキッチン」という名のコミニティスペースを運営し、まちを訪れる人々の交流拠点となっている。
若手が活躍するまちだけあって、変化のスピードも速い。イラストマップはまちの変化にも柔らかく対応している。
「最近つくったマップでは、万年橋パークビルに新しくできたCUBESCAPEというスペースなど、若い人が好きそうなお店を特集しました」(友野さん)
商店街でイベントが行われれば、そのイベントに合わせたマップを制作することもある。地図情報としての正確さを求めたり、全ての店舗をまんべんなく掲載する、ということは敢えてしない。制作の自由度を保つことで、自然とターゲットに合うマップが生まれ、常に新しいマップをつくり続けていくことで、次第にまちの瓦版のような役割を担ってきているように思う。
「まちの人にも私が『マッパー』だと知られるようになってきましたね。顔を覚えてもらえたので、本屋さんマップをつくったときには、本が好きそうな人に、過去に読んで好きだった本を教えてもらって、そのエピソードを掲載したりもしました」(友野さん)
お店に行って、知らない人に話しかける
ゆりの木通りのマップは、制作者が一人で取材、編集、イラスト制作まで行うのが通例だ。制作者が直接店舗に足を運び、店主と話しながら制作する。
このように、若手のクリエイターがのびのびと制作しているからこそ、受け入れられやすい点もあれば、マップづくりに関心を示してもらえないこともある。
「最初は手描きで描いてカラーコピーで刷っていましたが、真剣につくっていることを理解してもらいたくて、DTPソフトを使って印刷所に入稿し、きちんとした紙に刷るようになりました」(友野さん)
現在はマッパーとして商店街に溶け込んでいる友野さんだが、初めて訪れた店で、緊張してから回りしまったこともあったそうだ。
「いつも飛び入りなんですが、飲食店を特集したマップをつくったときに、仕込みなどの忙しいタイミングが分からなかったんです。常に緊張感はあるのですが、その時はお店の人に警戒されたので、余計に緊張しちゃって、失礼な態度になってしまったことがあって。結局、お話を聞いた後にお説教されました。『こういう時にはアポを取るもんでしょ、他のお店に行ったら怒られるよ』って。ドキドキしながらすみませんでしたと謝って」(友野さん)
マップづくりで、まちをもっと新鮮に見られるようになる
取り上げるお店の数だけ、関わる人も増えるマップづくりのプロセスでは、取材先での失敗談も多くなりがちだ。しかし、友野さんの場合、怒られたのはここのお店だけ。ゆりの木通りで長い時間を過ごし、まちの人と馴染みになっていることと、彼女の物腰柔らかい雰囲気が、温かく受け止められている理由だろう。
いまや、マップづくりだけではなく、来場者参加型のZINE(冊子)制作&展示スペースを開く活動「ZING」を仲間と立ち上げたり、自身のイラストの個展を浜松や東京で開催したりと、活動の幅を広げている友野さん。マップづくりの経験は、彼女にまち歩きの目を開眼させてくれた。いつでも何かを「ひろってやろう」という気持ちでいる。
「友人にマップを見せたら、『つくっている人がいいと思っているポイントが分かると、載っているお店に行きたくなるね』と言われて、納得しました。書く人が好きな題材をあつかっている方がいいんですよね。他の街を歩いていても、『こんなマップがつくれるな』と思うことが増えました。もはや職業病ですね(笑)」(友野さん)
「商店街に存在している隠れた魅力をうまく伝えようと思ったら、もうマップしかないような気がしています。最近は、地元の高校生とマップづくりのワークショップをしても面白いな、と考えています」(鈴木さん)
ひとつの商店街を多様な視点で切り取り、深掘りしていく。ゆりの木商店街で生まれた小さなメディアは、今後も無数につくられ、地域のコミュニティを重層的につないでいくだろう。マップという手軽なメディアは、つくる人それぞれの個性を伝えてくれるし、彼ら・彼女らがまちに根付いていくための「通行手形」にもなる。浜松を訪れる際はいつも、「次の新作マップはどんなかな」と、考えるのが楽しみだ。