地域に根付く一人出版社「センジュ出版」

2018.8.10 吉満明子

センジュ出版発行の4タイトル

東京都足立区千住で、地名をお借りした出版社「株式会社センジュ出版」を2015年から始めました吉満明子です。年に数冊、自社で企画した書籍を編集・発行しながら、自分の住まいのある千住のまちを編む試みを、この3年間続けてきました。

出版社として本を作り届けることはもちろんですが、このまちに興味を持ってくださる方を増やすこと、このまちを訪れてくださる方を増やすこと、そして、そうした方たちとご一緒しながら本や本のある環境を町の中につくっていくことも、センジュ出版の大切な「編集」です。ここではほんの少し、センジュ出版の考える編集についてをお伝えしたいと思います。

北千住駅の各社合計の乗降人員は2016年度調べで約155万人。国内でも、新宿、渋谷、池袋、大阪・梅田、横浜に次ぐ乗降客数という。

きっかけは”伊予市”と出産”

今から12年前に、飲屋街の充実ぶりに惹かれて移り住むことになった、足立区の千住。ここは隅田川と荒川に挟まれており、その地形はまるで島のよう。千住を出るにも千住に戻るにも、必ず橋を越える必要があるエリアです。

私が地域との距離を縮めることになった大きなきっかけは、2012年、第一子に当たる長男の妊娠・出産です。産休、育休期間中、社会人になって初めて平日の昼間に自分の住むまちを歩くということを経験するうち、「このまちを住民の目で発信したい。住民として編集したい」と考えるようになりました。

その経緯として、かつて財団法人日本経営者協会からの受託事業として愛媛県伊予市の地域資源発掘参画委員をお引き受けしていた、という体験があります。地域の魅力を再構築し、デザインし直して東京に向け発信するというその役割の中で、「地域の魅力発信とこれまで自分が続けてきた編集業とは一致することが多い」ということを実感。一方で、住民でない立場からの「地域編集」に限界を感じもしました。

そんな経験をしたからこそ、住民の視点でまちを発信してみようと、2013年に千住の情報を扱うWEBマガジンを立ち上げ、カメラを持って1歳になった息子を抱っこ紐で連れ回しながら、一人取材を進めていきました。そのうちに20年以上続くタウン誌『町雑誌千住』ラスト号のお手伝いをさせていただく機会をいただいたり、今から200年以上前に実際に千住の地で開催された酒と文化の融合事業『千住酒合戦』にちなんだ地域横断イベントの事務局を務めさせていただいたりと、少しずつ少しずつ、地域の中で顔見知りの方が増えていくのに2年。そのうちに地域の方からご相談を伺う機会も増え、まちの名前を冠した出版社への思いが現実味を帯びた2015年、センジュ出版はこの地に生まれることになりました。

20年続いたタウン誌「町雑誌千住」ラスト号
かつて千住で開催された「千住酒合戦」を200年後の現代に再現したイベントを実施。 ゲストはクルミド出版代表の影山知明さんとオズマガジン編集長(現統括編集長)の古川誠さん

なぜ千住を選んだのか

本が売れないと言われるこの時代に出版社を始めるのは、かなりの反対を受けました。その上、場所は本の文化に縁遠そうな(苦笑)「足立区千住」。そして、生まれたばかりの子どもを育てながらという状況。賛成されることの方が稀だということは、私もよくわかっていたことでした。

では、それでもなぜ、ここで始めることにしたのか。それは「まちの機運」が高まりつつあったことが挙げられます。

千住は統廃合された学校跡地に大学誘致が進み、2006年には東京藝術大学の音楽環境創造科のキャンパスが、翌年には東京未来大学、2010年には帝京科学大学、2012年には東京電機大学が続々と移っています。私が千住に引っ越してきた2006年と比較すると、まちを歩く学生が増え、それにともない、若い世代に向けた飲食店が増えたことを感じていました。

さらに、2005年につくばエキスプレスが開通したことで駅への乗り入れ路線が5線になり、交通の便のよさもあります。今では、リクルート住まいカンパニー調べによる「住みたい街ランキング関東版」で23位、中でも「穴場だと思う街(駅)ランキング」では、4年連続で1位となるほどに注目を集め(2018年2月発表時)、このまちがテレビで取り上げられることも多くなりました。

6畳のちゃぶ台ブックカフェ

センジュ出版は私が何年も前から準備してきた夢などではなく、出産したことで職住接近をある意味突然決めたことで生まれることになった出版社です。ですから、独立前から資金や原稿を計画的に準備していたわけではありません。会社を辞めてからの数ヶ月で他社の本を複数手がけさせていただき、その報酬が資本金になり、築40年以上のアパート2階に借りた6畳二間のリノベーション資金になりました。

とはいえ、すぐには売る本がない。本を売れるようになるまでひとまずコーヒーでも淹れようと、オフィススペースに隣接する6畳一間を急遽カフェとして営業することにしたのが、「book cafe SENJU PLACE」です。

店内にある3種の本棚には、私の蔵書を中心とした「店内で読める本」、そしてまちライブラリーを活用した、寄贈いただいた本からなる「貸し出し可能な本」、そして自社の本と他社から仕入れた本からなる「売り物としての本」がそれぞれ収められています。メニューはハンドドリップコーヒー、自家製スイーツや自家製ドリンク。電源やWi-Fiもフリーです。

私はこのカフェのことも「編集」の一環と捉えています。それまで勤めていた出版社では校了後の本を販売部と書店さんに託していましたが、作った本を手渡す場所も含めて編集しなければ、今から一人で出版社を始める意味がないと考えたからです。

毎月一度、ブックナイトサロンと称して月替わりのテーマに沿った本を参加者それぞれが持ち寄り語り合うイベントを開催したり、営業時間内外にはお客様にカフェスペースをレンタルしていただいたり、私が講師を務める文章講座を開いたりと、結果、カフェでセンジュ出版の本と出会い、お買い求めいただけるケースも今では珍しくありません。創業時、売る本がないことから始めたブックカフェは、本ができた今、自社他社問わず本を伝え手渡す場という、大切な役割を担ってくれることにもなりました。

文章てらこやの受講風景

二つの幸運な出会い

23区で初の「シティプロモーション課」が外部から経験者を募る形で足立区に創設されたのは2010年。その立ち上げの時からこの課に働く女性に、千住在住の舟橋左斗子さんがいらっしゃいます。広報、編集、まちづくりにかかわる区の取り組みに関してその審査はじめ会議の委員にセンジュ出版を推薦してくださることも度々で、現在は区長の附属機関となる「足立区文化・読書・スポーツ総合推進会議」の委員も務めさせていただいたりと、舟橋さんのおかげで足立区との関係がぐっと深いものになりました。

足立区のシティプロモーション課は、とにかく情報発信に力を入れていて、区の広報物にまつわる構成、デザインなどの相談を全課横断で年間およそ400件近く(2016年度)引き受けているのだそう(出典『足立区のコト。』(舟橋左斗子著・彩流社刊)。なので区の情報はここに集約されていますし、逆にここに伝わった地域の情報は、関連の課に即座に伝わっていきます。センジュ出版が立ち上がってからこの課とつながることができたことがどれほど幸運なことだったか、今になってつくづくありがたいと思うばかりです。

『足立区のコト。』(舟橋左斗子著・彩流社刊)

そして、区の地場産業を支えるみなさん、中でも印刷業の経営者の方々との出会いも大きな出来事でした。千住の大学に通う学生さんから紹介されたのは、まちなみのイラストを用いたまちおこし活動を全国62団体(2018年7月現在)で展開する一般社団法人マーチング委員会の中の、あだちマーチング委員会のみなさん。地域の印刷物を扱うみなさんもまた、まちの情報に通じた方々。初めて伺った会合で意気投合し、二度目に出席させていただいた席で、代表の弘和印刷瀬田章弘社長からまちのプラットフォーム構想をお聞きした際に「みなさんの技術にデザインをかけあわせたイベントを開催してはいかがでしょうか」とご提案、翌年の2016年に実現したのが「千住紙ものフェス」でした。

千住の長円寺というお寺の本堂、境内などを二日間お借りし、アートディレクターを日本画家の栗原由子さんに依頼。栗原さんとあだちマーチング委員会のみなさん、千住の大学生、そしてセンジュ出版とで実行委員を担い、ワークショップ、物販、展示、飲食、映画上映などを実施しました。二日間午後の開催で600人を超える来場者、次の年にはお隣の氷川神社境内と社務所で午前中から一日のみの開催、来場者は400人以上。今年は「本とつながるまち」をテーマに、第3回を11月4日に開催予定、今から準備を進めています。

昨年の千住紙ものフェスの様子

さらに、このイベントの様子を知ってくださっている方々からのお声がけで、区外のイベント出店へのお誘い、また北千住ルミネに入るタリーズコーヒーでのワークショッププロデュースのご依頼など、活動が展開を見せることにもなりました。そこで今年、あだちマーチング委員会のメンバーとセンジュ出版とが中心となって「あだち紙ものラボ」を立ち上げ、紙や印刷を通じてまちに関わる活動を本格的にスタート、その事務局をセンジュ出版に設置しています。

長い時間をかけて地域との関わりを重ねてこられた、舟橋さんやあだちマーチング委員会さんとの幸せな出会い。これからもこうしたみなさんのお力を借りながら、まちの編集も楽しんでお手伝いできればと思っています。

あだち紙ものラボのロゴ

まちを学び舎に

センジュ出版1冊目の本の著者からはこれからの時代のリーダーシップについて教わり、2冊目の本の共著者お二人からは外ではなく自分の内にある答えに耳を傾けることについて教わりました。さらには3冊目の著者から教育現場で耳にした子どもたちの叫びについてを学び、4冊目のドラマノベライズ原作者からは千住のまちを舞台にした物語の奥深さについて伝えていただきました。

編集者はいつも、著者からその時にもっとも知りたいことを直接教えていただける機会に恵まれています。そして、その著者からのメッセージを、より多くの方に届けられるようにすることが編集者の仕事の醍醐味です。なので、毎日ある意味著者から授業を受けているようなもの。そう思うと、ふとイメージが湧くようになりました。

本を書く予定にある方、本を書いた方をこのまちにお招きして、この授業を直接一緒に聞くことのできる機会を作ったとしたら。大人も子どもも同じように生徒になって、先生から「生きる知恵」を学ぶ、がっこうがまちにあったなら。

これまで、著者の出版記念講演を千住で行うことはありましたが、考えてみればこれも一種の学び舎です。そこで、一連の講演やワークショプなど著者を千住に招いた活動を今後すべて「センジュのがっこう」として開催することにしました。まちの中のあちこちを教室に見立てたこのがっこう、プレイベントはこちら「EDIT LOCAL」のディレクター影山裕樹さんと、先にご紹介した舟橋左斗子さんを先生に、「なぜ人気急上昇のまちとなったのか? ローカルメディアの視点から語るあだちの魅力」と題したトークイベントを千住の日本家屋をお借りして実施。今年もこれから数回、各所でがっこうを開く予定です。

センジュのがっこうロゴ
センジュのがっこうプレイベントの様子

本のある”場”を編集し直す

編集という仕事の内容を「本だけでなく、本を手渡す場も含める」と捉え直すことで、カフェ、イベント、がっこうを”編集”してきたこれまで。いまは、出版社として「スナック」を手がけています。

毎月一度のブックナイトサロンでは少人数でお酒を飲みながら本を語り合っていますが、日中のブックカフェとはまた違ったお客様のニーズを感じてきました。カフェでも、カフェバーでもなく、この距離感が既存の場所の何に近いか、また何がまちに合うのかを考えるうちに思い至ったのが、「会員制スナック」です。

千住紙ものフェス、文章てらこや、ブックサロンと、それぞれセンジュ出版を介してつながってくださったみなさんが、日中のカフェ以外にこの地域で気兼ねなく集うことのできる場所を作るとしたら、いい意味で閉ざされていることで発言が安心して守られる場所がいい。人に迷惑をかけないなど暗黙のルールが保たれる場所。スナックのママのようにセンジュ出版というフィルターを介して集まったメンバーだけが利用できる狭い店内で、目的は食事よりも、会話。バーとしなかったのは、センジュ出版のモットーである「しずけさ」と「ユーモア」のうち、「ユーモア」を表現する「あそび」の余地を残したかったからです。

そこで、「本と酒 スナック明子」という看板だけを先にオーダー。ひとまず紙フェスにもご出店いただくなど親しくさせていただいている飲食店の方にご相談して、カラオケ付きのパーティルームを予約。センジュ出版のファンクラブに入会してくださった方を対象に、1日限定オープンのスナックを9月1日にオープンさせる予定です。 

昼間は親子がくつろぐブックカフェとして、夜は大人が楽しむブックスナックとして本を伝えることができるなら。そんな思いから浮かんだスナック。もしご興味を持っていただけたら、ぜひクラブにご入会を。お待ちしております。
 

できあがったスナックの看板
クラブのロゴ

これからのセンジュ出版は、こうして編んできた本を渡す場づくりをととのえながら、より一層本の編集を深めながら進めていこうと思っています。場づくりの意味では最終的に、あだち紙ものラボの運営するシェアオフィスの入った古民家に事務所とブックカフェ・ブックスナックを移すことにしているので、その日までもその日からも、「しずけさ」と「ユーモア」を大切に、本とまちとをゆっくりと編んでいくつもりです。

よろしければカフェにお越しを。本とコーヒーで、みなさまをお待ちしております。

マップ

ライタープロフィール

吉満明子(Akiko Yoshimitsu)

1975年福岡県宮若市生まれ。株式会社センジュ出版代表取締役兼「book cafe SENJU PLACE」オーナー。
編集プロダクションや出版社勤務を経て2015年より、まちも編集するセンジュ出版を足立区千住の自宅そばで創業。

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